South China Sea News/*
July 1999
July 28
■クールミント味のシュガーレスガムを噛んだ直後、少しだけミルクを加えた安物インスタントコーヒーを飲んだ。途端に口の中がカレー味になった。まずくはないがかなり意外だったので、仕事の手を止め改めてふぐふぐ堪能してみたが、やはりカレーだった。実体の無いカレー味は非常に虚しいものであります。
■カレーで思い出すのは、恵比寿の小さな洋食屋の名物メニュー「おじいちゃんのがんこカレー」。ルーがむちゃくちゃ辛い。色が既に尋常のカレー色ではない。具が煮溶けてしまったように渾然として、黒めいた茶色あるいは茶色がかった黒に近い。スプーン三杯分程度で皿いっぱいのごはんがいただけるぐらいだ。でもこれが、何故か定期的に食べたくなるのだったなあ。ウヒウヒ言って汗をかきながら。
■辛さといっても様々な種類がある。唐辛子の辛さ(四川料理やタイ料理、チリソースを使った料理)、カレーの辛さ、また洋芥子あるいは山椒の辛さ。辛さと酸っぱさはあるバランスをとるとたいへん美味しい。トムヤムクンや上海料理の代表的な湯(スープ)「酸辣湯」などは、酸っぱ辛さの非常にウマい例でしょう。夏場は時にこういったものをいただいて、カラダに新陳代謝を促したい。(「壮健」風)
■山椒の思い出。成都と云えば四川の首都にして蜀の都、然して四川と云えば麻婆豆腐。ここにはかつて麻婆豆腐を世に生んだ元祖「陳麻婆豆腐店」があると聞き、我々探検隊はにわか徒党を組み、現地に赴いた。予想を上回る立派な店構えに、大勢の従業員。皆気前よく料理を注文する。はるか西寧から青海を南下縦断する仙人境バスルート(ただの貧乏旅行)を経てようやく人里に辿りついた身に、漢人料理は天国で味わう晩餐に等しかった。思うさま貪った我々は最後に真打ち「麻婆豆腐」をオーダーする。さすがは専門店、大皿ではなくそれぞれ一人前づつの分量で出てくるらしい。どれほど滋味あふれるうまさであろうか。国に帰ったら何と自慢しようか。我々の期待はいやがおうにも高まる。そして運ばれてきた小さい碗に盛られた「元祖麻婆豆腐」は、黒かった
黒い。碗の半分ほどまでたっぷり注がれた麻婆醤はとろみが極少なく、この世に芽吹いたありとあらゆる唐辛子と山椒の属類を鉄鍋で10年煮込んだ黒味噌のようだ。その悪魔的に黒い沼に、真白い豆腐が虚ろに半身を埋もれさせている。だがその真白き哀れな柔身の上にうず高く積もる山を発見した時、我々の驚愕は更に深まった。謎の黒い山。「こ、これは、なんだ…」「隊長!これは…これは、山椒です!」「なにい?(声:鈴置洋広)」確かにそれは山椒だった。隊員の誰もが戦慄した。それまでの一生に摂取した量、かつこれからの一生に摂取するであろう「生涯山椒量」を遥かに凌駕する黒い粉。粉の山。白い豆腐が悲しい声でつぶやく。「早く食べてよぅ…」我々は観念するしかなかった。
■まあ人間辛さで死ぬことはない(たぶん)。ピリッといきましょう。

July 27
■夜10時過ぎに帰宅して着替えてふと横になり、次に目を開けたら翌朝4時。中途半端だが悔しがるにも寝ぼけ過ぎている。もう一度寝るかどうしようか、と迷いつつ結局Quadra嬢を立ち上げうつらうつらとWEB巡回しているとあっという間に夜が明けた。台風が接近しているらしく(シグナルは「3」)、鈍い色の空にひっかかった分厚い雲が、でよでよと押し流されているばかりのお天気。気分を引きずる力のある景色だ。
■一週間は何曜日から始まりますか? わたくしは、カレンダーというものの概念を覚えた頃からずっと、一週間の始まりは日曜日だと信じておりましたが、実は月曜日が始まりである説を最近知りました。確かに土曜&日曜のことをWeekendとか週末とも云いますし、もしかして正しくは月曜始まりなのですか。その方がなんだか楽しそうだぞオラ。しかしおつむは依然「日曜始まり」にがんじがらめになっていて、どうあっても抜けられん。別に何かの動作運動を伴う「習慣」ではないのに、不便なことだ。つーか悔しい。うぬー。
■来年のカレンダーが売られていたので祝日チェック(香港では毎年日付が異なる)。なんと、今年同様、祝日の半分近くが土曜日曜と重なっていた。週休二日の身の上としてはえらく損した気分になるが、香港はまだまだ土曜も出勤する会社が多いので、贅沢な文句かもしれない。それにしても旧正月が土日にひっかかっているのはイタいなあ。って来年の話をしていると鬼が笑うらしいですが、笑ってもらえるならいいことだよねん。

July 25
■誰じゃい「ネットセックス 感じる」で検索かけて来たのは(笑)
■土曜の深夜から日曜の午前いっぱいかけて、ネット上で連載されている▼松本零士「ジークフリート」のBack Issueを全部読む。小中高を通して最も好きだった漫画家のひとりであり、且つここ十数年ごぶさたしていたので、しょぼつく目と睡魔と戦いつつ義務というより義侠心?で頁をめくること数百回のクリック。かつて戦艦内部の床も壁も何もかもありとあらゆる平面にまさにみっしりと描かれていた「松本メーター」がこの連載の絵ではあまり目立たなくなっていたのは寂しかったが、やはり宇宙は海だった。何もかも皆、懐かしい(むー)。
■松本メーター(硬化テクタイトに塗り固められたひんやりと冷たい床)、松本電子銃(ぎざぎざのアルファベットにその炎は裂烈する)、松本飛行艇(コクピットからは必ず宇宙が望めなければならない)、松本的宇宙空間に松本的にはかなく滅んでゆく男と女(すなわち「運命」と書いて「さだめ」と読む)。私のどこか古い基版の一部には彼らの残像が回路となって組み込まれているが、そのほとんどは「SEXAROID(セクサロイド)」という作品によって与えられたものだ。コミックス表紙絵や作者コメントなどが▼THE 4th DIMENSIONさん▼こちらに美しくまとめられている。
■主役は23世紀のメガロポリス・トーキョウに暮らす二人のG局員=冴えないサラリーマンスパイのシマことG3と、スーパー電子頭脳を内蔵し「何からナニまで」人間と同じく作られた美しき女性型アンドロイド=セクサロイドのユキ7号。新型エネルギー資源と極秘裏に進められる人類の地球脱出計画を巡って、このコンビが敵方とくんずほぐれつスットコドッコイな牒謀合戦を繰り広げるストーリーだ。確か松本作品としては初の青年誌向け連載で、毎回必ずユキは敵ボスにベッドに引きずり込まれ、シマはシマで敵の女首領に「殺すなら私が一番幸せな時に殺して」と色っぽいまなざしで見つめられひょいひょい縞柄トランクスを脱いで奮戦する。乾いた死闘とお色気と渋いギャグが不思議に混在する大人の世界。機会あればご一読くださいませ。

July 24
■プラスティックスカイ・ウィズ・イェローヒーター。
■"The Meaning of Life"の「喰い過ぎ人体爆発」のような、ギャグとかカリカチュアとしてのスプラッタなら大好きなのだけれど、シリアスな恐怖を喚起するために表現されるスプラッタや所謂ホラーは苦手だ。決して嫌いなのではないが、まともにイメージに降伏したままずっとしつこく怖がってしまう。特に自分でスイッチオフ出来ない映画館での恐怖映画は洗脳拷問に等しい。テレビやビデオなら非常時には止められるので何とか耐えられる(でも見せ場を見てないぞ)。小説は自分をゆっくり恐怖に慣らしながら読んでいけるので、もうちょっと大丈夫。で、これが漫画になるとかなり平気になり、特に日野日出志の作品は苦手どころか好きである。「あああ〜〜〜」と唸り脂汗をかきながら自分の胸から巨大なかさぶたをべりべりっとひん剥いて「い、痛いッ」と思わず叫んでしまう(ちょっとおまぬけな)キャラなどは、ガチャピンっぽい丸くて大きな眼が潤んでいる様も含め、愛しくすらある。ぼたぼたっと墨がこぼれたような、瘤っぽい体温を感じさせる絵柄や不可思議不可解なストーリーは、私が「怖いもの」を楽しむことが出来る稀少なソースである。
▼バガボンドエアポートさんの▼桃山研究室香港視察報告で香港の日常景観を体験。時間帯によるのかサーバの為かかなり重いが、とおりいっぺんの旅行記を凌駕する凝った作り&脱力の写真ばかり。まず映写機の電源を入れてください。助手は足立くんです。
■蚊取り線香を焚きたい。我が人外魔境館(とうとう私以外の人間は立ち入れぬ魔界となった)は23階にあり、もともと夏は窓を閉めたままなのでさすがに蚊は入ってこないけれど、あの独特の香りを嗅ぎたい(そして燻されて死ぬのね)。
■蚊取り線香の思い出。確か大理から思芽へ向かう途中の宿だった。一組の日本人夫婦と一緒になった。まだ若い、30歳前後のふたり。旦那は痩身で背が高く口数の少ない茶柱のようなひとで、奥さんはきっちり中身のつまったやわらかいおまんじゅうのようなひとだった。地方都市の、長距離バスの旅人のためにかろうじて電気が点り水道からはともあれ水が出る程度の旅社。他の多くの街でもそうであるように男女を同じ部屋にしない規則で、私は奥さんと一緒の部屋に泊まることになった。旦那は黙って向いの部屋に入った。隣は小学校で、首に赤いスカアフを巻いた子供たちが授業を受けている。風呂は無かったような気がする。水道で顔を洗って部屋に帰ると、干した菊草を燃やすあの香りがした。奥さんが蚊取り線香を焚いているのだった。緑の小さな渦巻きを床にそっと置きながら「無いより有る方がましかもしれないし」と彼女は甘く笑った。雲南に入ってからずっと蚊に悩まされていたので、その香りはありがたかった。
■夏の匂いの中で眠る前に奥さんと少し話をした。ふたりは日本のどこか都会に住んでいたのだが、一切の家財道具を処分し帰るべき家すらも売り払って旅に出たのだと云う。日本から船で中国大陸に渡り、西へ南へと旅をしている。いつかはもっと西の彼方へ向かい、ウラルを越えて欧羅巴までゆくのだ。「行けるかどうかわかりませんけれど」と甘い笑顔のまま奥さんは肩をすくめた。旦那は暗い廊下を隔てた向こうの部屋で、黙って中国煙草を吸っている。荷物は二人の背中に背負った丸いリュックふたつだけ。その中に奥さんは小さな緑の渦巻きを入れてきたのだった。
■その晩が明けて私は彼等とは違う方向のバスに乗った。あのあとふたりがどこまで行ったかはわからない。

July 20
■5月末にようやっと入社した期待のアシスタント嬢(「嬢」と呼ぶのがまさにふさわしい方だった)が自己都合で今日で退社。彼女のおかげでここしばらくはルーティンのドキュメント作業をほとんどやらずにすんでだいぶ楽だったので、再びやってくる忙しさへの恐怖がひとしお。短い夏休みだった。
■いくら毛を抜いても剃っても生えてくるのはそこに毛の根っこがあるからだが、では何故毛根はいつも毛を生やすのだろうか。つまりなぜ毛根はいつも正しく毛を生やし、間違って皮膚や爪を生やすことをしないのだろうか。それはそのように仕組がなされているからだが、なぜ仕組はそのように仕組まれているのだろうか。

July 19
■7月もあれよと云う間にはや下旬。夏至から冬至までの半年のうち、六分の一はほぼ終わってしまった。すなわち、おひさまが照っている時間が、(夏至の日の日照時間マイナス冬至の日の日照時間)÷6だけ短くなったと云うことですね。まだまだ夏なのに、夕暮れは少しづつ早くやってくる。一年なんて、なんとも脆くはかない砂糖細工みたいに、こうしてほろりほろりと消えてゆきますね。まあ、脆いからこそ楽しいとも思えるのですが。
■どうもまだ「サイバーパンク」というもの、あるいは世界、あるいは感覚、がしっくりわからない。それらを描いた作品をろくに読んだり観たりしていないのだから当然で、いかにも道のりは遠い。gooで検索したら、名古屋大学の院生さんが以前に書かれた▼こんな頁があって拝見したが、ルーツをきちんと辿るとけっこう膨大なSF知識・科学知識が必要なのかと、更にビビる始末。道のりは遠い、というより広い。広過ぎて道じゃなくて場でありますが、▼SFオンライン98年2月25日号の特集「15年目のサイバーパンク」を拝見したところ、さすがに年表や作品ガイドが充実しているので、ここらへんから地道に辿ってまいりましょうかのう。
■「香港漫晝節」の今年のサイン会ゲストは原哲夫氏であった。「北斗の拳」はこちらでも大人気だったし、氏の画風に「モロ影響を受けました!受けてないなんて口が裂けても云えません!はっきり云って真似てみました!」な劇画家諸氏を多数輩出している香港にあって、氏は大歓呼の中迎え入れられたに違いない。一般の漫画ファンに混じってプロのファン?もどきどきしながら列に並び、サインをもらい記念写真を撮らせてもらったことだろう。よかったねん。
■でも私なら、小説家や漫画家の直筆サインをその場で本人からもらうより、「あのストーリィにはこんな裏話が」「あの漫画は実はこんな風な続編も考えていた」なんてことを遠くからでも聞かせてもらえる方が嬉しい。全世界に1枚しか無い限定サインより、1000人限定の講演会チケットが買える方がいい。オタク道としてははずれているのかな。

July 17
■ともよ あしたのないほしとしっても やはりまもってたたかうのだ
■先日、某所を通じて非常にラディカルに懐古趣味にひたれるネタを与えられ、朝まで熱い(ゆえにイタイ)メールを2通書いた。光景としてはこんな感じ:
なにかの文字がくり抜かれた鉄板の向こうに赤いハロゲンライトが灯されている/ライトがゆっくりしたテンポで明滅する/明滅のたびに哀しいフレーズがめくれて落ちる/「ぽせいどんは うみをゆけ」/「うまれかわった ふじみのからだ」/それらはひらりと床にぶつかりはかなく割れて鉄の屑になる/屑からは綺麗な音がする/爆発音/雄叫び/なにかどこかを目指す音/アナウンスが聞こえる/次の停車駅は惑星めーてる、終点です。
■上記3つの歌詞はそれぞれ(c)保富康午/東映二/竜の子プロダクション企画文芸部。←会社の組織ということは会議で決めたのだろうか。光景としてはこんな感じ:
若き文芸部員オオタニ「部長、ここはやはり《もえるいかりを ぶちかませ》でいきたいんです!」
フジワラ部長「いや、それはあんまり乱暴じゃないか。《もえるいかりの てっけんだ》ではどうだね」
オオタニ「お言葉ですが、それではこのキャシャーンの怒りが表現出来ません」
部長「キャシャーンはそこまで怒っているのか」
オオタニ「非常に怒っているんです。なにせあのアンドロ軍団が相手なんですよ」
部長「…それでは怒るのも無理はないな。では《ぶちかませ》を許可しよう」
オオタニ「ありがとうございます!ここに判をお願いします」
部長「うむ。…あーオオタニ君、《ぶちまけろ》ではいかんかね」
オオタニ「それは、なんだか怒りがゴミみたいです。キャシャーンはポイ捨てはしません」
部長「そうか。やはり《ぶちかませ》しかないか」
オオタニ「ええ。《ぶちかませ》しかありません。キャシャーンはいつもぶちかましているんです!」
部長「そうか。わかった。私の負けだな」
オオタニ「いえ。ぜひ部長もぶちかましましょう、キャシャーンと一緒に!」
部長「いや、私はもう戦いからは退いた身だ」
オオタニ「そんなことをおっしゃらないでください、“暁のフジワラ”と云えばどんな悪の軍団も恐れをなした伝説の竜戦士…」
部長(ふっと寂しげに笑いながら)「さあ、判を押した。席にもどりなさい」
■サムイわ。とっても。
■引き続き「平行植物」。けっこう難しい。嫌な感じに難しいのではなく、また言葉が繁り合って密集しているので難しいというのでもなく、描かれているものはきっとあっけらかんと不思議なモノであるだけなのだけど、それを「感じる」こちら側のセンスが摩耗していて、がんばらないと「難しいなーうーむ、ええっとー??」という感じにならざるを得ない。いくら学術書風に書いてあるとはいえ、それがもったいなくて悔しい。もっと、水が根に染み込むように読みたいものだ。しかし「タダノトッキ」はすごい植物である。植物万歳。

July 14
■ひ、じょーーーーに蒸し暑い。香港全域屋外サウナ。しかしそれが亜熱帯の夏。堪えねばならぬ。
■7/14から7/19まで、九龍湾展覧会場で「香港漫晝節(Hong Kong Comics Festival)」が開催されている。すわ、コミケか?とすねキズ者の私などはわくわくしてしまうが、香港の同人誌はオリジナル漫画もパロディ系もここ数年でようやく産声をあげ始めたレベル(まあ世界を凌駕しまくる日本の同人誌レベルと比べてはいけないのだが)。熱心な同人活動家たちを脇に毎年この「漫晝節」のメインとして据えられるのは、新作コミックスの一斉大量発売(各漫画出版社が巨大なブースで自社出版物を出展しあう)と有名漫画家のサイン会。もちろん日本から漫画家の先生様をお呼びするのである。2〜3年前に「スラムダンク」が爆発的ヒットを飛ばした時に原作者の先生がいらした時など、空前絶後の大騒ぎになったらしい。ぜひ一度会場に足を運んで見物してみたいと思っているのだけれど、あいにく今度の土曜はエライひとを空港にお出迎えにいかねばならなくなった。ううぬ、コスプレしているひとがいたら即デジカメで激写!「潜入!香港オタク大集会レポ」をでっちあげるんじゃ!と思っていたのにな(85%くらい嘘)。
■昨日買った「平行植物」をさっそく読み始める。絵本作家の作とあったので油断していた。けっこう歯応えがあってふわふわとは先に進めない。単に現実/思索/幻想がパラレルに並んでいるだけではなく、「本のかたち」を取ることで、もうひとつ何か、堅牢な篭にビロウドのカバーをかけてゆくような完成度がある。凝ったベネチアングラスみたいなもの。「ことばとして存在する植物」とか「記憶植物」といった用語は大変美しく感じられるので、どこかにメモしておきたい。
▼動物占いの結果:コアラでした。「好きなこと:ぼーっとする/嫌いなこと:せかされる/出没エリア:暖かい場所」ですと?いかにもそのとおりじゃ。「何をするにも楽しくなくちゃ損と思っています」当然じゃ。楽しさ無くしていったい何の人生じゃ。もちろん「コアラ徹底分析」の条件も全部当たりじゃよ。C'est ma vie! :-)

July 13
■1+1+1+1=3であります。いいのだ。そういうのも世の中ありだ。
■トマトソース禁断症状。どうにも辛抱たまらず、月曜退社後地下鉄で金鐘(Admiralty)に突撃しPacific Place1階のカジュアルな(でも場所柄安くない(泣))イタ飯屋Grappa'sにてミートソーススパをがっつく。店員が妙にサービスが良く、なんだか調子に乗ってグラスワインに食後のデザート(田舎者なのでイタリア料理のデザートと云えばティラミスしか知らない)まで注文したところ、これまた妙にデッかいティラミス(目測12センチ四方、高さ6センチ)がどどーんとやってきた。あっさり甘くお酒がたっぷり染み込んだ美味しさにぱくぱく頂いたが、さすがに四分の三を過ぎたあたりでぐっと苦しくなる。ふと隣のテーブルを見ると、カップルが同じ量をふたりでシェアして食べていた。ショックを受けるべきかどうかしばらく悩む。
■珍しく芸能ネタなど。日本で先に公開された「ハムナプトラ」こと「The Mummy」が7月22日から公開予定。現在地下鉄各駅のビルボードやセブンイレブンでキャンペーン中。中文タイトルは『盗墓迷城』(何となくニュアンスが察せられますね)。それを追って7月29日からはいよいよオースティン・パワーズ第2弾が公開。中文タイトルは『凸務之王』。こちらは「ザ・へっぽこスパイのミッションインポッシブル」ってな感じでしょうか。これもそろそろ宣伝が始まっていて、ショッキングピンクのスーツにフリフリフリル袖をのぞかせ小粋にピストルをかまえた彼が、二階建バスの横面全体にどかーんと収まって街を走り回っております。他に夏休みチックなディズニーアニメ「泰山(シンザンではない)」も。もちろんファントム・メナスも続いているけれど、こちらは早くもロードショーは終わる気配か。
■地元映画は、めっきりしょぼくれた香港映画界に一瞬息を吹き返らさせた昨年のヒット作「風雲」と同じ路線で、やはり香港オリジナルの劇画漫画を原作とした「中華英雄」がまもなく公開されます。そのものずばり、列強各国に侵されつつある祖国を救うスーパーヒーローを描いたアクションもの(こういう場合だいたい日本が悪役)。衣装を見る限り時代設定はちょうど「黄飛鴻」辺り(「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」とか?)で、長衣をばさばさ翻らせ剣でチャンバラること必死。ワイヤーワークとCG三昧確実。主演は「風雲」でも主役のひとりを演じていた鄭伊健(イーキン・チェン)で、ジャニ系アイドル謝雷峰クンも出演。←つまり本格カンフーアクションはあまり期待できないということですね
■鄭伊健は運命のしがらみでどうやっても香港四大天王(キング)を追い抜くことが出来ない悲しき王子(ジャック)たちのひとり。歌はどうにもならないレベルなので、甘いマスクをいかして映画で活躍するのはよい手だったと思う。過去に主演した古惑仔シリーズ(若いギャングたちの生き様死に様を描いたチンピラ渡世シリーズ。ノリはまんまVシネマ)はそこそこヒットしたけれど、日本でもビデオ化されているのかしら。他に許志安(アンディ・ホイ)、李克勤(レイ=ハッカン)、もう少し若めで古巨基などもジャックですね。金城武もジャック予備軍だったこともあったなあ。台湾の大バカ青春映画にばたばた出演していたキリンみたいな顔の男の子だったけれど、それが今や、帰国する度に駅張りのでっかいポスターでお目見えしてらっさるのを見るのだからにしてからに。時間過得很快!
■古本屋さんで「平行植物」(レオ・レオーニ/ちくま文庫)「しぐさの日本文化」(多田道太郎/角川文庫)「船乗りクプクプの冒険」(北杜夫/集英社文庫)を買う。クプクプは昭和53年第4刷のもの、当時の定価は180円(約200頁)である。第2次オイルショックの頃だと思うが、こんなに物価は安かったかのう。恐らく出版直後あたりに読んで以来およそ20年ぶりの再読で、わくわく。

July 11
■長い長い夏は続く。抗眠力は更に低下するばかり。日付が変わる頃になるとどうにも眠くなり画面に向かっていられないのが悔しい。週末はそれが夕方に早まる。世間ではそれが正常(いや土曜の夕方から寝てる人はそうそういないけど)なのだが、そんなデフォルトは20年以上昔にどこかに置いてきたはずなのに。20年以上ずっと深夜族(死語過ぎてreviveする言葉ってないんスかね)だったのに。人間(ひと)は加齢と共にデフォルトに戻るのか。このままばあやになり肉を食わなくなりひとを抱かなくなり、小学生の頃のように朝7時前に起きて夜9時に寝る生活が待っているのか。何故子供の頃はあんなに眠っていたのか。何故人は必ず眠るのか。それは必ず死ぬことが決まっていることと同じ理由によるのか<そうです。
■やー。▼世界Aの始末書(7/6)で述べられている関西弁の末尾母音有声化原論は、なんと申しますか、そのオチの(おいらの内側における)収まりよさが快感でした。かつて大阪弁を駆使するお子様だった日々もあるけれど、その頃日本にはマクドナルドは未だ存在せず(わあ)、人生のほとんどを関東圏で過ごした私にとって、マクドナルドはどうあっても「マック」であり、それをあえて(と関東者である俺には感じられる)「マク」と呼ぶ愛しき関西びとにはどうしてもついてゆききれない一歩があった。しかも微妙な高低アクセントは「ク」のようだ。つまり聞いていると「マ」+「ド」である。「ド」をつけるのはまだしも何故「ク」が高いのか。せめて「ク」+「ド」にならんのか。いや、していただけないものか。って無理ですね。はい。
■ともあれ、なるほどそのような原則があるのであれば「ド」もやむをえない(←まだ傲慢)。しかし更に目から鱗がざばりと落ちたのはその延長線上で冬樹氏が言及した「サイフィクト」の関西母音原則による検証である。梅原氏の思惑そのものはまったく別として、私はどうしてもこの「サイフィクト」という音そのものに、やはりついていきづらいもの、発音しにくいもの、まだるっこしいものを感じていたのだが、冬樹氏によって「サイフィック」という新しい言葉/音を与えられた途端、そのいきづらさがすかーっと突き抜けた。脳味噌が息をついた。これです。これですよ。断然「サイフィック」。なんとおさまりのよい音であろうか。「サイフィック」。かー、しびれる。「サイフィック」。きもちいい。あー。
■「メルロ=ポンティ・コレクション」(中山元/ちくま学芸文庫)を読もうと思っていたのだけれど、どうも脳味噌がまだそこまで復旧していない(と云うよりまだまだ全然修行が足りない)ので、消化のよさげな「地獄の思想」(梅原猛/中公新書)にする。30年前(1967年)に出版された著作。まだ梅原氏(この梅原さんとあの梅原さんは親戚だろうか。そんなことないか)も「こんなものを上梓してよいのか迷うが敢えて世に問う」なんて前書きでおっしゃっていて青くて熱いのだが、熱いなりに言葉が後からあとからどんどん(やや過剰なまでに)生まれ出て行間を埋め、大変豊かに運動していて読む眼にもおつむにもはずみがつく。内容は「日本の思想には古来『生の思想』『心の思想』『地獄の思想』の三つの系譜があった」という前提で、日本人が仏教伝来以来育んできた「生を賛美する健康で溌剌としたポジティブな一面」と「生に不可避な苦しみをとことん見つめ地獄を生きぬく一面」を仏教と文学のふたつからざくざく検討した論。なんだかほっとする保守的暖かみがある。ほっとしちゃいかんのかもしれんが。
■「メルロ=ポンティ・コレクション」の著者中山氏は▼POLYLOGISという哲学研究サイト(フーコー、レヴィナス、アレント、メルロ=ポンティ)を運営している。こういった学術系のサイトなら当然なのかもしれないがリンクがたくさん張ってあり、その中で▼Hannah Arendt in Cyberspaceが面白そうなんですけど英語だし。がくり。
■サイバースペースと云えば「接続された心」は「ニューロマンサー」共々挫折中で、カタカナ言葉にこれほど自分が弱くなっているとは、愕然憮然呆然。映画「Matrix」を見損ねたのが運命の分かれ道だった、ってのは言い訳だが、だいたいサイバーパンクという言葉の前に「パンク」がわかってない(いや「パンク」は「わかる」ものじゃない、なんて言わないでくれ)わけです。いったい「パンク」とは何ですかのう?あのタイヤのパンクと同じなのか?破れちゃってイッちゃってることか?で、全然関係ないけどエヴァンゲリヲンの登場人物のほとんどは何故皆「エバー」とあれを呼ぶのですか?
▼私信返し(7/5←もうログに回っちゃったわゴメン):おっしゃるとおりそのものズバリとはそれのことです。やはり男の人は女が気にするほどは気にしないものなのか。てことでなんとなく▼続き
■信じ難いほど無性にスパゲティが食べたくなった。しかし香港のイタ飯は超高級なところ以外非常にまずい。うあああ。

July 4
■「きゅーばたん」じゃなくて「ばたんきゅー」だ。そんな気がする。
■去る7月1日は記念すべき、かどうか外国人たる私に云々する権利はないが、香港の祖国回帰二周年の祝日だった。北京から副首相がやってきて記念式典が行われ何やらのモニュメントが御披露目になったらしいが、二年前の大騒ぎはどこへやら、世の中にはほとんど何の関わりもなく、ごく普通の祝日として過ぎていったようだ。まあ例えどんな騒ぎが起きていようと前夜から昼過ぎまで半日以上滔々と寝ていたのでわからないのです。滔々と、という表現はおかしいかもしれないが、本当にそんな感じに延々寝入ることが増えている。眠りに対する抵抗力(抗眠力とでも名付けておこう)がめっきり落ちているのだろうか。結局ストレスを睡眠で解消しているのだと思うけれども、このまま抗眠力が落ちていくと、そのうち一日に起きている時間が数時間で残りは全部眠っている、なんて状態になるのかな。それもなんだか幸せそうではある。
■そうやって長時間眠っているとそれなりに長い夢を見る。先日はガンダムとヤマトが混じった夢を見た。古代クンの声はちゃんと富山敬氏だったようだ。なにゆえ古代進=アムロ・レイになるのかよくわからないけれども、ともかくそういうことのようで、彼は何故か「メロウリンク」に出てきた軍人に似た風来坊の男とつきあっていた(肉体関係あり)。しかしその相手が今度どこだかへ去ってしまうことになり、するとその後にずっと昔からやはりつきあっていた彼女(森雪らしい)が差し入れをもってかいがいしくやってくる。もちろん声は麻上洋子。差し入れは大量のビデオテープで、「だって古代クン最近のニュース全然知らないでしょう。このあいだ異星人が不時着したことだって」と甘ったれたあの口調で云う。いや、それは業務で現場に居合わせたので知っているのだが、どう報道されたかは知らないので見てみようと思う。が、どうやらニュースを録画したテープはほんの少しで、残りはしょっぱいインディーズプロレスだのSMAP(7人程にメンバーが増えていた)のプロモだのが写っているばかりだ。いささか飽きたあたりで目が覚めた。オチが甘いので寝疲れておりました。ふー。
■先週末から香港でも公開された「STAR WARS EPISODE 1 - PHANTOM MENAS」を地元の映画館で見る。大人一枚55香港ドル=約850円。(以下もしかするとネタバレあり注意)一番面白くかつSFXの醍醐味を味わえたのは、チキチキマシーン猛レース〜♪のシーンと、Nabooの湖に住む一族と機械兵士軍との草原での一戦。もう眼が喜ぶよろこぶ。Amidara女皇(と中国語では訳していたが、日本語ではやはり「姫」だろうか)のトンチキアメリカ映画に出てくる偽日本人みたいな御召しものと御ぐしのスタイルはキテレツかつたいそうお美しく、これまた眼を奪われる。機械兵士が作動する様子は宮崎駿か押井守風なものを感じた、と云うと勘繰り過ぎかもしれないが、Sith武士(中国語ではJEDIを「騎士」ではなく「武士」と訳していた。云いえて妙の感有り)の武術はミエを切るあたりがやはり中国棒術風で、オビ=ワンとの戦いはなんだかアジアちっくだった。ということで総括:続きがあるお話は最後まで一気に見たい!R2-D2はやっぱりアイドルね!
■電網漂流。▼児童文学書評さんのリンク頁から▼アラン・ガーナーのファンサイトに飛び、しょぼつく目をこらして懸命に英文をたどるが、しょせん著者のBibliographyが読めたところで彼の物語が産むウェールズ世界に浸れるわけでもない。「ふくろう模様の皿」「ブリジンガメンの魔法の宝石」「ゴムラスの月」。幻想系がお好きな方は、児童図書のコーナーで探してみてください。特に「ふくろう」は、子供に読ませるとたぶんいささか脳味噌のひっくりかえった子になって楽しいです。でも「光車よ、まわれ!」(天沢退二郎著)ほど過激な効果ではないでしょう。
■知る人ぞ知るダーク児童文学の超定番「光車」が持つ黒いモノが与える感覚は、他に例え得るものを知りません。長編全体からにじんでひたひたと足元を沈めてゆく「何か」がいて、その冷たい水を飲んだ子供の心臓の裏あたりにひっそり名残って、長じた後もやはりそこに、レントゲン写真に写るもやのように在り続ける類のもの。同じ著者の短編集「闇の中のオレンジ」はその「ひたひた」が、扉を開けた途端「ざああああっっ」と渦巻いて襲いかぶさってくるような麻痺感があって、やはりこれもお子様にぜひ読んでいただき、不思議なトラウマを抱えて生きてゆかせるのが楽しいでしょう。
■上記の児童文学書評リンクからは他にリンドグレーン(ピッピよりカッレ君やミオが好き〜ってやっぱり俺も女の子)やアーサー・ランサム(ツバメ号とアマゾン号シリーズの著者)のファンサイトにも行けます。残念なのはロイド・アリグザンダー(ケルト神話ベースの児童書プリデイン物語シリーズの著者)とローズマリ・サトクリフ(「太陽の戦士」とか「運命の騎士」…うう、もう一度読みたい)が無かったこと。エリナー・ファージョン(「りんご畑のマーティン・ピピン」はぜひ映画化してほしい)も欲しい。どこかに日本語で運営されている彼等のファンサイトはないものかのう。