南国備忘録
[South China Sea News]

◆August 1997◆




31/08/1997(Sun)
Me shameless.

起きたらまた午後1時過ぎだし。しかもおはようの歯磨きをしながら既に某チャットルームに繋げてるし。いいのだろうか、これで。
いいと言って。誰か(泣)。

そこでダイアナ元英皇太子妃の事故死のニュースに触れてどびっくり。どうしてこんなにびっくりするのか自分でもよくわからないが、とても慌てる。とにかくテレビのスイッチをひねる(自らすすんでテレビを見るなんて久しぶりだ)。とりあえずはBBCを見る。いきなりダイアナ妃の顔写真&悲壮な調べでがが〜ん。地味なスーツのキャスターが「Diana, princess of Wales was killed by car crash」と告げている。交通事故?パリで?パパロッチとカーチェイスの果てに?それで死んじゃったのか。ああほんとだ。なんてこと。なんてことだ。こんな風に死んでしまうなんて。こんな風にいきなり、あっけなく死んでしまうなんて。なんてことだ。なんてことだ。

結局一日中、BBC(途中から延々数時間に渡る識者コメント番組になって視聴挫折。英国にも皇室専門コメンテイターのような人がいるらしい)とCNN(アメリカ人が抱くイギリス皇室への微妙な憧れはなかなか興味深い。広義のエンタテイメントとして、また報道番組としても飽きさせないのはさすが天下のCNN)をつけっぱなし。久々に怒涛の量の英語を浴びながら、しかしチャットは続ける(頼むよ、他にやることあるだろうオマエは、部屋片づけろよ、とどこか東方からお叱りの声が・・・すまぬ)。気がついたら夜だった。

ひとはすさまじく不平等に生まれつきますが、たったひとつのことにおいて、すなわち必ず人生は終わる、という点において、絶対的に平等であります。遅かれ早かれ彼は/彼女は必ずここからいなくなるのであって、それが数十年早かっただけのことです。まったくもって大勢に影響はないのです。

と、いう考えにここ数年ずっと縋っているのだけれども、やはりこうしてあまりに意外な(ちなみに中国語で事故のことを「意外」と言う)ありさまで逝ってしまう人の姿を見ると、コトバが出ない。別にとりたててダイアナ妃のことが好きだったわけではないのだが。どっちかというとチャールズファンです(趣味悪い?)。
ちなみに香港でももちろんトップニュースの扱いではあったけれど、日曜日の段階でのイギリスの動きとしては、ブリティッシュカウンシルの偉い人がコメントした程度だった。もしこれが返還前だったら、総督をはじめ政府全体が喪に服し、街もそこら中で半旗を掲げていたのだろうな。

Ni mei fang lei. Ni zai nar?


30/08/1997(Sat)
Do as I say. The King ordered to his men. Nobudy listened to him.

今日こそ午前中に出社するつもりだったのだが、結局会社にたどりついたのは午後2時半。のんきに月末処理をしつつ、某チャットルームに入り浸たる。久しぶりに京極MLにも投稿したけれど、ちょっとハズしたかも(苦笑)。反論のためだけに為される反論は、たとえそれがディベートであっても僕は好きではない。何であれ次に続くものを残さない討論は時間の無駄でしかないと思う。もちろん今回の一件では何かを得た人もいるだろうから、無駄ではなかったと思うけれども。

ノックアウト。3分12秒、フィッシャーマンズバスターにてKO負け。

夜10時を過ぎてから会社を出る。帰路にある食堂で魚旦(魚肉のつみれ)麺をすする。脇の壁が鏡張りになっていて、麺がテーブルに来るまでの間、ぼんやりと自分の顔を眺める。
いつものとおり、他人だった。
自分と「自分」をシンクロさせることに、時々こうして失敗する。別段気持ちが悪いことでもないので、ほうっておいている。病院に行け? そうだねえヒロシくん、きみも一緒に行ってくれるなら、考えてもいいよ。なにをふざけているんです先生、はやくごはんを食べましょうよ。そこのお酢とってください。ヒロシくん、きみはほんとに酸っぱいものが好きだねえ。だって妊娠してるんですもの。ああそうなの。

夕方はずいぶん涼しい風が吹くのだが、日中はかえってどんどん暑くなってきたように感じる。どうしてだ〜。

wo yuan yi ni kwaide guo lei, zhi yi tian mei you ni, wo juede nama miss you.


29/08/1997(Fri)
Who Are You? Can you hear me?

仕事仕事仕事。今日はお給料日。仕事仕事仕事。今日は何時に帰れるかしら。

バーゲンで7割引きになっていたので、新しい靴を買った。履いて歩くと左足の小指がおもいきり痛くなった(泣)。足にぴったりくる靴をさがすのが、どうにも下手だ。でも、最近靴を見るのが楽しい。この冬は初めてのブーツがほしいな、なんて思っている。

小学校時代、外国語(この場合英語)を学びたくて仕方がなかった。魔法や手品に憧れるのとまったく同じ気持ちで、不思議な模様にしか見えないアルファベットを眺めていた。これは謎の暗号なんだな、どうしてこの棒とか丸とかに意味があるのかな、どうやったら意味がわかるのかな?むむー?……長じてアルファベットの文字そのものには意味が宿っていないと知った時、ずいぶんがっかりしたことを覚えている。もちろん、憧れだけでは異国の言葉をモノにすることは叶わなかった(苦笑)。
現在、業務上どうしても必要があって英語の文章を作成しなければならないことがある。この仕事がどうにもプレッシャーなので、こんなことを書いているわけですが。外国語を使ってきちんと仕事をするのは初めてで、遥か百万年前の中学高校時代で終わっている我が英語教育の知識はあまりにも心もとなく、当然ながらビジネス英語の知識なんてかけらも持ち合わせていない(なのに何故就職できたのかは大いなる謎)。「この材料はいつまでに届ければいいですか?」といった非常に簡単な内容のレター一枚を作るのに、当初は半日以上の時間を費やしていた。英語と北京語と広東語をちゃんぽんにしてP嬢と冗談を言えるようになるまで、だいぶ時間がかかったように思う。
9ヵ月経ってみて思うに、結局「慣れ」である。言葉という、この得体の知れないモノは、使っていないと見知らぬ他者になる。「使っていじって弄んでいるうちにどうでもよくなった」あたりが、ちょうどいい。

時間があったら勉強したい言葉がたくさんある。韓国語にゲール語、ドイツ語。それとアラビア語とチベット語。行ってみたい国の言葉、読んでみたい本の原語です(笑)。
大学時代、第2外語にフランス語を選んだのは、それを元宗主国との関係からよく用いる人が多いアルジェリアにどうしても行きたかったから。本当は彼の国の第一言語たるアラビア語をやりたかったのだけれど、我が大学にはそんな気のきいた第2外語の講座は開かれていなかった。
フランス語はパズルのような文法が面白かった。専門科目の外書購読もあえてフランス語での講座を選んだくらいに一時は燃えた(笑)。もちろん今はすっからかんに忘れています。めるしーぼくー。

本当の本当は、大学に行かずにアラビア語を専門に勉強する学校に行きたかったのです(どうしてそこまでアルジェリアに行きたかったのか?それは秘密)。
ゲール語は人生の終盤でものにできればいい。死ぬ前に一度だけ行きたいあの場所でつぶやくために。

アラビア語の専門学校で思い出した。実はデザインの専門学校にも行きたかったのでした(笑)。


28/08/1997(Thur)
You help her? or him? or me? or yourself?

Sometime in the morning, you feel so good and see her smiling at the window, you know it's not a dream, you think it's a day of sweet, you like to walk down the street, you love to sing a song of love, dear, the world is beautiful till you wake up.

深夜の北欧チャットで再び睡眠不足。でも楽しかったです、しっくすないんな師匠の師匠。ちなみにふたごと言えばりんりんらんらんな世代の僕ですが、「おそ松くん」六兄弟の名前は覚えていません。だって小さい頃(今もだが)赤塚が大嫌いだったんだもん、ああ、藤子も大嫌いだった、嫌いだったとも。だからどらえもんなんか絶対見なかった。付き合いでQちゃんは見ていた(なんだそれは)しアッコちゃんだって見てたがな。怖いから鬼太郎もエン魔くんも(って、どっちも赤塚でも藤子でもないぞ、おい)見てなかったし。じゃあなんで妖怪人間ベムは見ていたのかって?決まってるじゃないか、早く人間になりたかったんだよ(べたべた)。

またしてもタクシー出勤、、、空はこんなに青いのに(でも日中はやっぱり暑い(笑))。世間では、ショバ争いの果てに相手に大怪我を負わせ、自分はガソリンをかぶって焼身自殺しようとした靴磨き老人に話題が集中。何はどうあれ激しい人生である。
ちなみに香港の新聞は、しばしばよくそういった事件の被害者の写真を鮮明なカラー写真で掲載する。それらの写真を見ると、「全身血塗れ」というのはまったくもって赤ペンキを頭からかぶったようにしか見えず、残酷映画で描写されるあれらのシーンのようにあっけなく真っ赤っかになるものなのだな、と思う。もしも匂いつきの新聞だったなら、毎日やりきれないだろう。

ところでやはり漢詩は人類共通の財産だと思う今日このごろ。こんなに美しく複雑で妙味あるものを、他に知らない。綺麗ですよ、ええ。

最近無駄で無益な発言が多い。昨日反省したばかりなのに・・・ごめんなさい。お酒は呑みたい時にいくらでも飲んでください。理由なんてどうでもいいんです。
いつのまにかカウンタが1200を超していた。こんな雑なメモでも読んでくださってる方がいるのだな、と恐縮。

Dear, can you see how I feel? how I eagerly need you?


27/08/1997(Wed)
You knocked me down, down, down, down till the dawn.

雨。秋になる手前の。低く垂れ込めずに高いところを澱んでゆく妙な雲。遠いグラデーショングレイ、どこかをこそげとってゆく気配、見えないまま導かれてゆく誰かさんと僕。過ぎてしまうのは時間じゃなくて、記憶。きみが忘れたものと僕が覚えているものは、何故いつも、一緒なの。

香港の某病院で、誤って牛乳を患者の血管に点滴する、という「いくら香港ったって、映画じゃねーんだからかんべんして」な事件が起きた。本来、食道につなげた管に点滴すべきものを、血管の方に入れてしまった、ということらしい。患者は危篤状態だそうだ。なんともはや。

日中、某チャットルームで要らぬ発言を繰り返し、しまいに自分が嫌になって迷惑メールを他人様に送りつけたりして、ますます自己嫌悪さ(泣)。いかんいかん。物事ははっきりくっきり明晰が一番(でしたね)、曖昧なうちは静観しよう、と心に固く誓った(ほんとか)。

とても怖いことをした。朝晩タクシー通勤&帰宅。どうしよう。でもすごく楽だった、楽で楽で涙が出た。誰か助けろ、俺を。


26/08/1997(Tue)
他説、誰人都可以背棄了理想。

朝6時に起きるはずだったのに、ふとまぶたを開けたら鼻から5センチ先の目覚まし時計の針が7を指していた。なぜだ。(「ぼうやだからさ」)(ジャキーーン!!)(アアッ先生!そればっかりはなりませヌ!)(止めるなヒロシくん!!ええい、落ちろ!)ぐさ。

会社のWin95がやはりよくわからない(笑)。それほどMacのヘビーユーザーというわけではない(というより、まだまだ初心者だ)が、どうもこのお窓さんのこちゃこちゃと細かい分類はかえって不親切な気がしてしようが無い。でも右クリックは便利すぎるのでMacも取り入れなさい。と、命令してみたり。

窓とMacOS以外のOSを知らない。それでいいじゃないか、と言われたが、いろいろ知ってみたい気もする。素人には手が出ないほど難しいとか、マイナーだとコストがかかるとか、ハードルは霞ヶ関ビル並みに高そうだが(←昭和40年代的基準)。

夜半、非常に涼しい風が吹きわたる。9月には中秋節(中国風の紙製堤灯を手に手に、公園や山道をそぞろ歩いて月を賞でるお祭り)。すなわち月餅のシーズンだ。去年も送ったけれど、また北九州のAさんに「スプリング・ムーン」の月餅を送ろう、日頃のご無沙汰をお詫びするためにも。

おやすみなさい。って、柔らかくて気持ちいい言葉ですね。


25/08/1997(Mon)
URGENT. ROCK IT DOWN. BREAK IT DOWN.

睡眠不足なのか体調のせいなのか、やたらに眠い朝。冷房バスの2階席で窓枠に肘をついてぼんやり外を眺める。空が遥か遠くの方まで澄みわたっている。まだまだ日中は蒸し暑いけれど、時々驚くほど涼しい風が吹いてきたりもする。香港の夏は10月半ば頃までは十分続くはずなのに。

会社に向かう路上に、どう転んでも清潔とは言えない格好の壮年の男性がしゃがみこんでいた。香港の繁華街では町角にひとりづつ均等にお見かけする方々のひとりだろう、と、そういった皆さんには馴れてしまったので(それがいいことなのかどうかはわからないが)、そのまま前を通り過ぎようとして、ふと彼の足元を見て驚いた。綺麗に広げられた布の上に、ネックレスらしき石細工やらベルトのようなものが並べられている。・・・店?しかしこんなオフィス街の高架下で、しかも朝8時に?と、瞬間わらわらと雑な疑問が湧きはしたが、やはり立ち止まらなかった。ただ、それら売り物と思しきものの隣に、「さあ、あたしをお買い。なにをためらっているの、そこの青年」とばかりに燦然と鎮座ましましていた女性用のかつら(セミロング・ダークブロンド)がどうしても忘れられない。

なかなか仕事モードに復帰できないまま、たまりつつあるペーパーワークをどっかり残して退社。Sさんと夕食をとった後に、香港のベテランアイドル(という表現も胡散臭いが、そうとしか言いようがない)が総出演するというコンサートを見にいく。コンサートと言うよりは、地元のラジオ局が主催したアイバンク支援のチャリティーイベントなのだが、会場は香港の武道館(にして横浜アリーナにして両国国技館にして東京ドーム)の香港コロシアム、出演者もなかなかの顔揃え(劉徳華、張学友、黎明、王非、BEYOND、李克勤にアラン=タム、と書いて「惜しい、郭富城は?」とつぶやくアナタはすでに香港おたく)とあって、ほぼ満員。オムニバスとはいえきちんとしたコンサート形式のショーを見にいくのはこちらも数ヶ月ぶりで、なかなか新鮮だった。
というより、驚いた。
まさか、自分がこれほど電気ぎたあの音色に、あるいは歌唄いの声音に、飢えていたとは(笑)。ただの歌謡ショーなのに、耳が貪るのだもの。

「香港にはロックバンドは育たない」という命題をいじり倒して自分も倒れた(笑)あの数年前から時を経て、やはり当地の音楽事情にさしたる変化はない。だが、それでもたまにこうして大音響で電気ぎたあを弄っている人の姿を見かけることもある。
いいぞ、そのままでいてくれ、ダニーの兄貴。もはやあんたしかいないのだ(笑)。まったくどこいっちゃったんだ、あのだいず(ってほら、ローディーやってる舞台袖の、あなたは小雲ですね)。どらい?歌下手すぎ。ぶらっくぼっくす?じゅの?くりすぱー・くりす?聞けたもんじゃない。そしてあの有象無象のバンドあんちゃんたちは、いったいどこへ?今年もカールスバーグ(諸事情により微笑もやむなし)は開かれるけれども。

亡くした人の弟の歌声は、もう他人がどんな思惑を抱えようが、何をどうつくろって説こうが、兄のそれと同じ乾き具合で濡れ具合で、いったい神様はどうしてこんなに似た声をこの末弟に授けたものだろう、光輝歳月なんかやられちゃった日には心臓が縮んだ、しかし何年たっても超不安なその演奏技術(涙)、練習しろ、たのむから。

チャットには、音も歌も声もない。ちょっと寂しいな、と思う。寂しい理由はそれだけじゃないけどね。


24/08/1997(Sun)
La vie un rose d'or, la lune d'amour, la mer blanc avec vous

起きたら午後5時。案の定体調下降局面(?)で食欲ナシ蔵度120%、暗黒のカフェインでむりやり薬飲みこんで今日のごはんは終わり(笑)。

俗に「月を愛でる」と云いますが、「月を玩(あそ)ぶ」と云うのはより美しい表現だと思います。

具合が悪い悪いと言いつつもまた深夜チャット(苦笑)。最高記録に近い窓数(苦笑ぱーと2)で、なんだかぐるぐるした。それでもさらに話すのは何故なのでしょうか。いったい何がそこにあるのでしょーか(NHKのアナウンス風)。
ヒロシくん、やはり物事はほどほどに、ということだね。
そうですね、先生。でも、先生のほどほどって、どれくらいのほどほどなんですか?
どれくらい?うーん、そうだね。これくらいかな。
え、それでほどほどなんですか。僕なんか、こんなですよ。
おやおや。ヒロシくん、いくらなんでもそれはないんじゃないか。
いやだなあ、そんなことはないですよ、先生も世間を知らないなあ。ははは。
・・・し、知らないのかね、は。

もはや歴然ですね、Jさん。暖かく見守りましょう(笑)。

Du shang jiang lou si miao ren, yue guang ru shui shui lian tian, dong lai wan yue ren he chu, feng jing yi xi si qu nian. Ni lai dao zher de shihou, wo xiang geng ni shuo ming ta wai shemme xuan ze zhe ge ge.


23/08/1997(Sat)
Je suis tres fatigue.

最近とみに発熱クンと仲良しである。おかげで、「またチャットでね」と約束しながらいきなりそれを破りまくって泥のように寝てしまい、起きたらすっかり朝でした。ごめんなさい(泣)。

午後からのろのろ出社。社内の購買システム改良のためのデータ入力を終わらせる。他にも多々仕事はあったのだが、換気が止まった部屋(暑くはなかったが)に長時間いただけでむやみに気分が悪くなり、やがてみしみしと偏頭痛なんかも襲ってきたりして、ゲロゲロ(←やや死語)。しかし同僚と一緒に上海料理の夕食を食べにいくだけの余力はあった(笑)。チムシャツイの「上海一品菜館」は、まあまあのお味&ひと皿の量が少ないので、少人数でも何種類もの料理を楽しめる。日本語メニューも充実(笑)しているので、旅行者の皆様にはおすすめ。
ちなみに上海料理にもいろいろありますが、鍋貼(ウォディッ:いわゆる焼ぎょーざ)と小龍包(シウロンバォ:蒸しゅうまい)のどちらかはぜひご賞味あれ。

帰宅後、怒涛のirc。いやはやまったくもって、人生いろいろ〜♪by お千代さん、なんて言ってる場合じゃないだろ自分(笑)。そしてアナタ。いい買い物はできたかい?酒はぬけたかい?夢は見た?どこへ行くの?どうしたらいいかわかってるの?

わかっている。
わかってない。
上記の両者に違いはない。

wo xiang mei tian dou meng jian ni, buguo ni mei lai guo, ni mei shuo shemme, ni rang wo hen pa ni bu xi huan wo.you can understand what I mean, can't you?


22/08/1997(Fri)
So how can I tell you I love(or loved) you?

わかってるのかなあ、ほんとに?
ぜんぜん(笑)だ、うきゃきゃ!(どうしたんだ、ヒロシくん!)(先生、お腹空きませんか?)

朝からだいぶ酷い雨で、どんどん空が暗くなって、オフィスのガラス窓に叩きつけるような雨脚になって……ついに午後2時、P嬢の友達から入電、「Black Signal(8/2参照)が出た!」。P嬢とR嬢は即座に退社。確かに、はやく帰らないとバスが走れなくなるくらいの暴風雨。お、おいらだって田舎に住んでるんだから、は、はやく帰らないと、えーとえーと、でもこのファックスをめりけんに送らないと、それとそれと……とうだうだやってるうちに、なぜかけろりと回復してしまう空模様。がーん。いつもそう、香港の嵐なんて3時間程度のスコールなのだ。せっかく早く帰れるチャンスだったのに。でも定時で退社。どうせ明日また来るんですから、ええ、無料奉仕でね(泣)。

きれい。きれいです、堪能しちゃいます。どうも最近つくづく自分がよぼよぼの雑巾めいてきた気がしている(笑)わけですが、まだこうして綺麗なものを味わえるだけはなんとか、とりあえずは、ほどけちゃってはいないのだな、と安心もしてみたり。で、麦茶じゃないんだよね(笑)。

なぜって、また熱ですよ、奥さん。熱っていうのはやっかいですね、ある部分変に気持ちがよくなったりする、どうも酒の酔いとどっかでつながってるんじゃないかと、アタシなんかは足りないオツムで考えたりするんですけどね、ええ奥さん、熱ってのはね、なんていうんでしょう、こう、なにか大切なものが実際はどうでもよかったように思えてきたりもするような、ねえ、ええ、つまりアタシャ今熱がね、ええ、もーほら、さわってみてくださいよ奥さん、ここんとこ。ねえ。

Zhong yu ni jueding lai dao zher, wo buzhidao ni shi bushi zhi wo zemme kai sin, wo zhenda xi huan ni, xiao-mao, wo zhenda xuyao you.


21/08/1997(Thur)
Still in the mood of indolent, but it sounds so beautiful, you also know it, huh?

Now you know how I was impressed by you, dear..

ね。されど。

Jiu yue, kwai lailailai, ni lai dao wo, ni lai jian wo, wo dang dang dang dang dang ni, wo de xiao-airen, haha!

As for the diary of August 1st to 20th, the data was gone. Byebye〜! (^^)/


■DIARY INDEX■