南国備忘録
[South China Sea News]

◆July 1997◆




1997/7/28(Mon) オルドロインの火口にころがっているのはきみの指輪だ、ビルボ=バギンズ。

A SUMMER DAY IN THE LIFE
 今週で7月も終わり。早いなあ。早い方がいいんだけれど。

 さ来週の今ごろは稚内だぜ、おとっつぁん、おっかさん。稚内ってどこらへんにあるんだ。きっとてっぺんの方だな。なんだか外国に行くみたいでわくわくする。だいたい日本に帰るだけでも既に頭がくらくらするくらい楽しみなのに、その上北海道…ふふ、ふふふ…。蟹しゃこ海老とうきびじゃがいもうわああああああ。

 (いきなりですが)漢詩はいいですね。文字の連なりが直接目に染みてくることもあるし、何度か読み直したときに「あ、なるほど」と一気に情景が浮かんできて、とたんにその豊かさに魅き込まれてしまうこともある。ぞくぞくする、あるいはどきどきする、俳句よりもちょっとキツイ感じの衝撃が気持ちよい。
 そんなわけで、漢字そのものもまた、いいと思う。この華麗な表意文字ときたらまったく。音と綴りの複雑怪奇な連動性、ただひともじでその意を発し人をどうにでも操れる言葉の卵。今となっては中国人と日本人しか使えない、「意味」そのものをあらわす形。漢字を知っている自分は幸運です。

 中国語の歌や詩の韻の踏みかた、というのにも語感のはまり具合があって、「なんかはずしてるな」というのもあれば、絶妙!!なものまで千差万別。まろやかに音がからまって歌うように踊るように流れてゆくものもあるし、言い切るまでに息が切れそうなほど激しい音が続くこともある。自分の感じているところでは、普通話(いわゆる標準中国語)はクラシック風で、広東語はポップスかラップ、でもロックじゃない……かな。
 日本人は世界で一番中国語を勉強するのにアドバンテージがあるので、皆さんも機会あればちょっとやってみましょう。簡単な文章なら、あっというまに読めるようになります(ほんとだよ)。

 深夜残業の一週間になりそう。ここはひとつ国際救助隊に助けてもらいたい。スコットでもバージルでもいいぞ(アランはいやん)。


1997/7/26&27(Sat&Sun) 「ツイ〜ンクロス!ビルドアップ!」(by猛と舞)←天呀、誰能知道!?

A DAY IN THE LIFE
 26日土曜日、昼ごろ起床。会社に行くつもりだったのだが、窓の外を見たら世界が乳白色のナニカにどっぷり浸っていて、そのあまりの澱み具合に恐れをなし、取りやめ。近所の食堂で「時菜排骨飯(青菜と豚のスペアリブのぶっかけごはん)」を食べてから部屋にこもり、メールを出したり水曜日から金曜日までの日記をアップしたり……そのままチャットに突入して、朝4時ごろ就寝。mon chat d'or, merci!
 27日日曜日、二度寝の楽しみを満喫した後に出勤。午後2時ごろから8時過ぎまで仕事(単純データ入力。音がない部屋で眠気と戦いつつ。CDウォークマンでも持ってくればよかった、と後悔)。帰りのバスは恒例の日曜集会帰りのフィリピーノさんたちで満員、彼女たちのタガログ語トークはそれを解さぬ者にはどうしても「ピーチクパーチク」にしか聞こえない(泣)……でもフィリピーノさんたちってほんと美人が多いなあ……バスを降りてから、体調ゲロゲロ(すまん、汚いな)の中なぜか缶ビール(San MiguelのDark=黒。うまいっす、これは。それに定番のハイネケン)を買い、シャワーをあびてから一気飲み。ふう。

 熱波にのしかかられている、としか思えないような蒸し蒸しのネイザンロードでバスを待ちながら、ふと視界がいつもよりスカスカしていることに気付く。なんだろう?と思ったら、中央分離帯に沿って設置されていた返還祝賀ネオンがいつのまにかきれいさっぱり姿を消していた。7月1日からそろそろ一ヵ月、確かに「返還」はもう終わっている。何か変わったか?いいやどうにもはっきりしない、別に何も変わったとは思えない、バスはいつも通り走っているし、ビールも冷えているし、電話は誰かさんに通じるし、郵便で嬉しい便りは届くし。他に何が変わったら困るのかな。


1997/7/25(Fri) 金星人捕獲計画?

TODAY'S MENU IN HONG KONG
 ICAC(汚職犯罪を専門に追及する検察機構)が、香港の建設省にあたる政府機関職員の大量汚職を摘発。公団住宅の修繕費用を実際より高く計上し、浮いた分を着服していたもの。まあ、どこにでもあるんですね、こういった話は。

A DAY IN THE LIFE
 仕事先から「NERV」のロゴ入りでタイトルの指令が届く。U氏、遺跡掘ってるだけの青年じゃなかったのか(苦笑)。でもね、おねえさんUNOは嫌いなんだよ……。
 さあ、来週あたりにはようやく会社の自分の机上のPCでネットに接続できるようになる。これで主任席に忍び寄ってチャットにふける犯罪からも足を洗うことができるだろう(なにか違う)。ふはは。いや、実際仕事のメールを打つにもいちいち席を離れて移動しなければならなかったので、非常に助かるのです、ええ(にやにや)。

 ゆうべから、またすこしだけ悪寒がする。どうしたんだか。

 やわらかい、あたたかい、ゆったりとした、まろやかな、そしてすこしおもたい、言葉。
 もうすこし軽く、さわやかで、ひんやりと涼しく、しかしからだに悪い冷たさは決して含まない、いつまでも鮮やかな、言葉。
 ほとんど滓と埃しか浮かばない汚れた池に、まったくそれらを栄養としながら清らかに咲く蓮花のように、あるいはそれらの汚濁を無視する傲慢さを衣に育つ、脆く儚い、「強い」言葉。
 千年かけて砥いだ鋼を千年かけて打ち込んだ刃が遂にその獲物を切り裂くときの、とりかえしがつかない刹那の、なにか綺麗なものが圧倒的な笑みを浮かべて世界を食べ尽くしてゆくときの、あの全体を否定する言葉。
 まあどれがいいって、人それぞれですわな。もぐもぐ。


1997/7/24(Thur) La nuit noir en Xiang Gang

TODAY'S MENU IN HONG KONG
「基女(げいのい)殺人事件容疑者、西湾地区の波止場にて急性麻薬中毒で意識不明のところを発見さる」
 殺されたのは「鳳姐」と呼ばれていた男性。姐であるところからお察しいただけるように、男娼を生業とするゲイである。その彼がいつもの商売部屋でめった刺しにされて息絶えているのが発見されたのが、事件の発端。直前に部屋を出ていった客とおぼしき若い男性は、血まみれのシャツもそのままに夜の雑踏に消え……数日後、今度はその容疑者が、急性薬物中毒で意識不明の重体のまま倒れているところが発見されたのだ。
 はたして彼は自分で薬物を注射したのか?
 なぜ鳳姐は殺されねばならなかったのか?
 容疑者の憧れの美人歌手と鳳姐とはくりそつだった!!
 といった記事が各紙紙面を賑わせている。蛇足ながらこの容疑者、けっこうな美形らしい(顔は関係ないけどね……)。

 そのように実際に香港ノワールしている現実も、ある。以前、旺角(モンコック)でイミグレには秘密の(笑)アルバイトをしていた頃、いつも帰りが夜の9時ごろだった。旺角といえば香港のギャングもの映画の舞台となる街だが、実際ここはそれ系の本場で、映画と同じようなシーンはどこかで毎晩繰り広げられているらしい。バイト帰り、なるべく人通りの多い明るいところを通っていたが、それでも家に帰ってから夜のニュースを見ると、ついさっきまさしく通り過ぎてきた道で発砲事件が発生して人が死んだりしているのだ。
 まあ、そんなところでもある、香港です。

 朝、冷房バスでうとうとしていると急停車。がたがたっと固い足音がして二階席に姿を現わした警官一名、短く叫ぶ「身分証!」。
 そう、これが有名な(いや、ぜんぜん有名ではないが)抜き打ち身分証チェック。主に新界地区(九龍地区の北に広がる郊外。香港全体の面積の70%くらいは新界だろう)でよく行われている、大陸からの不法入境者を検挙するための関門だ。バスの乗客はおとなしくそれぞれの財布やらカード入れやらから、各自の身分証を取りだして掲げる。警官はじっくりとそれらをチェックし、やがて去っていく。この関門チェックは返還前から実施されていて、そしてもちろん返還後もこうして行われている。意味があるのかどうかは別にして。
 ところでこの「身分証」=IDカードは、香港に6ヵ月以上滞在する者はすべて申請し携帯している義務がある。そして求められたら必ず提示しなければならない。銀行のキャッシュカードよりほんの少し大きいサイズで、写真をデジタル処理でプリントした紙をラミネート加工したもの。個人番号が記載され、あらゆる身分証明時に有効。便利なしろものだ。

A DAY IN THE LIFE
 仕事中に凄まじい眠気に襲われる(笑)。そんな時はちょっと逃避してチャット(いかんぞ)。おかげで目が覚めたが、やはり睡眠時間2〜3時間が3日連続、というのは、ね。食事も一日1.5食だしね。太るよ、こりゃ。それでも具合が悪くならないのは、マイグレエトバディが頑丈だからか(我輩は福生市赤ちゃんコンテストの元優勝者である。子供の頃から身体がでかくて滅多に風邪もひかなかった……が、最近ちと壊れ気味)?もしかして、既にどこか壊れているのに、もう感じなくなっているのか?自分はまったく気付かないうちに、頭がとれてる、とか……(ごとり)……あああっっっ……どた、どたどたどた……(転がる何かを追いかけてゆく乱れた足音。暗転)

 さても。
 45億面体の硝子玉のそれぞれの面に映っているあなたや私は、どこがどうしたものだかこのように出会い言葉を交して知己となり、いずれは別れてゆくのですが、この刹那に互いを認識していることを信じる場合、いったい45億の煌きの、はたまたマイナス45億の闇色の蠢きに、何をもってそれは嘘であると、あるいは何をもってそれは価値が無いのだと、果敢にも愚かにも言い立てることができるでしょうか。

 あと3年。


1997/7/23(Wed) ゆけ、ゆけ、ゆけ〜、ブロッカーフォ〜♪(ブロッカー軍団の歌)

A DAY IN THE LIFE
 今日も雨は降らない。そこらじゅうがてかてかしている。薄曇り。空気がどことなく濁ってきたような、なにやら澱んできたのが、やや残念。

 仕事しないしないモード(笑)。何をしているのかと言うと、日記(いつも持ち歩いている手帳に、米粒半分大の字でみっちみちに書き込んでいる)を読んでいたりする。ここ半年ばかりでいっきに登場人物の数が増えている(笑)。でも神様、友達が増えるのはいいことだよね? ああ、誰か記念に僕にプレイステーションを買っ……がふっっ……(鈍い音。暗転)

 痛いなあ、腕が取れちゃったじゃないか。
 ゲームと言えば、香港のシャムスイポ、というちょっと可愛い名前の地区(実は親爺ざくざくのグレートダウンタウン)に、有名な海賊版ソフト安売りビルがある。海賊版なのに有名、というのもいかにも「何でもあり」の香港だが、そのビル全体もなんとなく違法と違法がいちゃついて出来ちゃいました〜、といった猥雑な感じに満ちていて、イイ。内部はどこが仕切りだかわからない、もうそんなものはどうでもいいんだこの際、といった具合に小規模の店舗がひしめきあっていて、真面目なソフトからえっちゲームまで、見渡す限りの膨大なCD-ROMたちが「買って〜ん」と甘えている。もちろんみんな違法コピーなので、買ってはいけない。 但しちなみに(笑)、日本のアニメ絵のHゲーが10本ぐらい入ったCD-ROMが60HK$(今のレートで計算すると約900円)。香港には消費税などという無粋なものはないので、まあ、900円ぽっきりですぜ、お客さん。夕方になると、真っ白い制服姿の青少年たちが(香港の男子中高生の制服はたいがい白シャツ白ズボンである。女子学生はさまざまで、中にはチャイナカラーのワンピースにひっそりとスリットの入ったボディコンシャスなデザインのものもあり、ああ、娘さん、もっとこっちにおいで……、げほんげほん)膨大なHゲーの商品群から「これぞ」の一枚を真剣に選んでいるところなども、いとをかし。だいたいそれらは全て日本語表記のはずだが、もちろん青春は言語ではないのである(たぶん)。

 日本に一時帰国するまであと2週間半。そろそろ準備を始めなければ、と思ってはいるものの、きっと直前までぼけっとしているに違いない。今回は国内での移動が多い。香港と日本を往復するだけでもう十分なのだが、加えて短い滞在期間の中で北海道なぞにも(生まれて初めて)行く予定だ。途中でテンションダウンしている暇はないので、ぜいぜい今から体調を整えておかねば……。ああ、きみ、香港土産はなにがいいかね。「貝柱の干物とタイガーバームと絵葉書(←とっても庶民派のまいまみー)」といったように、具体的に示してくれるのが一番ありがたい。何でもいいから言ってごらん。でも香港上海銀行の門前の銅のお獅子像、なんていうのは駄目だぞ。あれは重いからね。大きいしね。


1997/7/22(Tue) 誰都擁有能譲他錯路地走去的原因、是看不起来的、也是説不出来的。

TODAY'S MENU IN HONG KONG
 興味がない人にはたいした話題でもないだろうが、故テレサ・テンが香港に所有していた豪邸が売りに出された、という話題が本日の「東方日報」(香港を代表する一般紙のひとつ)の第一面トップニュースである。翻って日本で「美空ひばりの豪邸が競売に」というニュースが朝日新聞の一面をどーんと飾ったりするだろうか。ということから導き出されるどうでもいい結論は、次のうちのどれかである。(1)香港の新聞は芸能ニュースであれ政治ニュースであれ、人々の関心が集まる話題ならばいずれもトップニュースとして扱う度量の広さを持つ。(2)テレサ・テンは返還後の香港の法律経済文化社会生活その他、およそ重要な話題と同等のニュースバリューを持つほど、中国人にとって本当に大切な忘れがたい人物である。(3)東方日報の社長が実はテレサの大ファンで、「そんなもったいないことをしてほしくな〜い!」と言いたかっただけ。

A DAY IN THE LIFE
 会社に行ってみたら社長も主任もいやしねえ。どこに行った?なに?中国出張?聞いてねえぞ!この書類の山はそれじゃあ誰がサインするんだよ?しらねーぞ俺は。僕だって知らないよ。あたしだって知らないわ。喧々囂々。
 と、至って静かなオフィスで平和な時間を過ごした留守番隊は、鬼のいぬまに命の洗濯、お昼は仲良く飲茶にごー。席上の話題は言葉と料理の多国籍化(笑)に。
 R嬢のひとくち上海語レッスン:「づい→うぃ↑」(再会:またね、さよなら)
 上海料理で一番おいしいものって何?とR嬢に尋ねたところ、「生の蝦を特製のたれに付けて食べる」のがベストだそうである。言ってみれば海老の刺身だ。茹でる/蒸す/炒める/揚げる/焼く/煮る、といった調理方法のそれぞれがすばらしくバラエティに富んでいる中華料理には、どうも生ものをそのまま供する習慣はない、とつい思いがちだが、生の蟹やら蝦やらが上海料理では重宝されるらしい。逆に海の幸に恵まれた広東料理の本場・香港では、滅多に生ものは食さない(日本の寿司が若者の間で人気になったくらいか)。湿度気温ともに高い当地では、自然と避けられてきたのかもしれない。まあ、刺身の美味さに匹敵するだけのご馳走があれば、それでよいのだろうな。

 いきなりですが。ぷれいすてーしょんがほしいな……。誰か4モチてくれないかな(笑)。久々にゲームがしたくなってきました。Mystじゃ怖くてやってられないから、やはりFF7ぐらいでお茶を濁したいところ。ええ、僕は極度の怖がりなんですよ、ヒロシ君。


1997/7/21(Mon) 我認為、這様的情況絶対不是他引起的。我自己作他出来的。

A DAY IN THE LIFE
 快晴。快く晴れた空。そして「雲の図鑑」にでも掲載されそうな見事な入道雲。雨はごくわずかに朝方降っただけらしい。アパートから一歩外へ出ると、空気が甘い。夏の日差しにすっかり完熟した空気、ただし熟れすぎて滴るほどでもない適度な湿気を帯びて、暑い、けれども不快ではない、そんな南国の夏の朝。ずいぶんな睡眠不足だったが、身体が元気になる。

 はたはた。しかしまたしてもやや焦げついてきた胃のあたりをどう修復したものか、結論は出ない。明日に持ち越し。月曜日から悩むこたないやね。

 そうそう、だいたい月曜日からどどんぱ深夜残業ってのも違うだろう、ちょっとはパワーを残しておくのだ自分。と、Sさんにいきなり電話。夕飯のアポを取る。Sさんは取り引き先(大陸の某企業)のいか〜にも中国的な(と、すぐ日本人は国別文化枠でまとめてしまいがちだが、もしかしたらその相手の個人的な資質によるものかもしれない。しかしともあれ中国でしか通用しないであろう)ビジネスメソッドに怒髪天突くレベルを既に通り越し、もはや脱力して言葉も無い。「何故そう考えるのかだけでも教えてくれよ、教えてくれるだけでいいんだよ……」と泣いている。その「理解されがたいもの」が理解された時、日本人と中国人はもっと仲良くなれるのかもしれない、もっと喧嘩をしてもっと愛憎入り乱れ、もっと凄まじく絡まりあうのかもしれない。でもそんな日は来ないのではないかと思う。こんなに近くてこんなに似ているのに。こんなに傍にいて、同じ意味を持つ言葉をこんなにいくつも共有しているのに。もちろん個人レベルではいかような付き合いも可能ではあるけれども。

 何を言うんだねヒロシくん。かてて加えて、個人が個人を理解することの不可能さ加減ときたら見事なまでじゃないか。
 ええ、先生。それは確かにおっしゃるとおりです。患者さんもそれはなんとなくわかってはいるみたいですけどね。

 まだ明るいうちに退社するのは久しぶり。地下鉄で香港島サイドに渡り、Sさんお勧めの銅鑼灣にあるレストラン「翰騰閣」で夕食。「野菜が食べたい!」と叫びまくるオイラのリクエストに答えてSさんが紹介してくれた一品が、ああ、絶妙なのであった。こくのある塩味のクリアスープに浸ったたっぷりの菜、そこにこってり味のピータンと香ばしく焼いたニンニクが散らばり、その上に平たく伸ばした茹で卵黄とふわふわの卵白が乗ってるの……う、うますぎ(感涙)。中国人すごいよ。どうしてこんなもん作れるの……。

 そも、理解とは何か?

 その後香港大丸の旭屋書店でようやく、とうとう、京極夏彦著「嗤う伊右衛門」を購入。京極MLの皆さんに遅れること数週間、すでにネタバレメールやチャットの数々を読んでいたので「おお!これが例のつるつるにしなくてもよかったんじゃないの?仕様か」「おお!これが噂の女の顔の前に浮かぶ赤い十字架」と妙な感動と共に表紙を眺める。
 毎回日系書店に行くとまとめ買いしてしまうのだが、今回は「いえもん」の他に「伊集院大介の新冒険」(栗本薫)「しりとり対談」(中島らも&ひさうちみきお)の各文庫本と、ようやく実用的なものが出てきた「広東語辞典」(東方書店)、それに吉本隆明と辺見庸の対談集「夜と女と毛沢東」を購入。現在読書中の本もあるし、乱読生活はまだしばらく続きそうである。


1997/7/20(Sun)

A DAY IN THE LIFE
 金土日と三日分更新。それって邪道?(そういえば邪道ゲ道はどうしてるんだろう、ライオン道も好きだったな……)

 本日、日本では「海の日」とやらで祝日らしい。んでもって明日は振替休日らしい。日本はけっこう祝日が多いと思う(欧米は祝日がなくても「バカンス」があるが……香港にはどっちもないぞ〜)。休みくれ、休み〜。

 毎週の恒例、今日も二度寝の女王に変身(笑)。午後3時起床。ひどく空腹……昨日のお昼のお弁当からこっち、何も食べてなかったっけ。ということでサイフをひっつかんで、外へ。(家の中に食料がなにもない……あんまり人のことは言えませんなり(笑))
 典型的郊外新興住宅地である馬鞍山の中心地には、ヤオハンを母体とするなかなか大きなショッピングセンターがある。近くには40階建ての高層団地が林立しており、そこから人がどっと集まってくるので、日曜の午後ともなると、子供連れの家族の波をかきわけなければ歩けないほどだ。いや、これは比喩ではなくて本当にかきわけて歩いているのだ。これだけ3歳児以下の幼児乳幼児がうじゃうじゃしているのを見ると、香港の人口構成が強烈に裾広がりの形になっていることを実感する。鬼畜な発言。たまにふと思う。ああ、これだけたくさんいたら、ちょっとは食材にされてもわかりゃしないだろう……。

 昨日日本から「租税条約に関する届出書」という書類が届いた。詳細はよくわからないが、要は日本と外国との間で結ばれた条約によって、こちらが日本政府に支払う税金を軽減してもらうための申請書らしい。わざわざ送って頂いた出版社のお心遣いには感謝するばかりだが、その書類の「使用料の支払を受ける者」、すなわち私のことだが、その者の国籍が「China」と予め記され、また「その居住者として課税される国および納税地」がやはり「China」と記載されていることにちょっとショックを受けた。よもや、返還されたら香港の法律/商法は全て大陸と同じものになると思ってらっしゃる? それよりなにより、あたしゃいつから国籍が変わったの(笑)。たのむよ、音楽之○社さん……

 日曜日はすぐに終わってしまうものだけれど、その夜になると必ずちょっともったりした切なさを感じる。「日曜洋画劇場」のテーマを聞くと「ああ、あした学校なんだ……」とため息をついていた小学生だったあの頃と、今と、ところでいったい何が変わっているのか? (無駄じゃ無駄じゃ)あっ、ジャコウネズミさん……


1997/7/19(Sat)

A DAY IN THE LIFE
 目がさめたらお昼過ぎ。12時くらいにはオフィスに行っているつもりだったので、ちょっと「うえええ」と意気が緩んでしまうが、気を取り直してシャワーをあび、出かける。ついでに、不在時配達分の郵便物を郵便局で受け取る。ごそごそ、おお、グインの新刊だ。外伝もあるぞ。Iさんいつもありがとう。さっそくバスの中で読むことにしよう。
 栗本薫のグイン=サーガは、大学時代にはまったモノのひとつだ。一晩3冊くらいのペースで次々にシリーズ既刊を買いまくり、下宿で何時間も読みふけったものだった。たまたま他にも夢中になっていたものがあったので(そりゃなんだったかね(苦笑))さすがに栗本氏のコアなファンになるまでには至らなかったが(「魔界」やら「ぼくら」やらに手を出さなかったのは単に時間の無さ故で、もしかしたらガッチリハマって取り巻きの一人にでもなっていたかも知れない。ハマるとたいがい最深部まで至るのが我が行動パターンである←えばるな)。
 グインも最初の頃(ぐれんのしま、あたり)と比べると、ずいぶん文体が変わったなあと思う。(ワープロと演劇の影響だ、と勝手に推察)。かなが多用される柔らかい言葉の連なりや「たしかに〜だけれどもそれはしかし〜でもあり、〜と言えはするが〜でもあるのだった」的いったりきたり叙述は嫌いではないので、読んでいて苦痛にはならないが。しかし、ここのところずっと続いているイシュトの脆さだのはかなさだのの描写にはいいかげんウンザリなので(だっておいらはマリウスファン)、バス車中では外伝を先に読んだ。久しぶりに主役グインが登場……ああ、やっぱりグインが出てこなきゃグインじゃない(泣)。

 結局、昼食の鶏&ちゃーしゅう弁当を手にオフィスに着いたのが午後2時半。いよいよ罪ほろぼしの入力作業……す、すごい量。こんなにためてたのね、あたし(泣)……しかし単純作業というのはトラブルが発生して中断されない限り、オツムの方はけっこう解放されているものだ。以降夜中の11時まで、あれやこれやと思いがけずも長時間の考えごとをしながら作業。
 帰宅後またチャット(苦笑)。某所で某さんたちがなかなか艶っぽい馬鹿話を展開、楽しく拝聴した。


1997/7/18(Fri)

A DAY IN THE LIFE
 昨日遅くまで張り切りすぎたのか、今日はどうもヘロヘロ気味(笑)。最低限今日中に作らなければいけない書類だけをなんとかひねり出し、例の入力作業は明日の休日出勤で片付けることにする。……いかんな、こうして休日出社が癖になるのは……手当があるならまだしも(泣)。

 毎日雨が降って、毎日青い空がのぞいて、湿気は常に80〜90%で、気温は28〜30度。やっぱりここは南国だ。秋や春(どちらも非常に短い期間だが、いちおうそれらしき季節はある)はなんとなくもやんもやんとしているけれど、夏は湿けっていながらも空気は透明で力強い。緑も濃すぎるくらいに濃い。9月くらいまで、こんな季節が続くんだな。ただ、今年は珍しく台風があんまり来ない。いつもなら、週に2個(台風の単位は「個」でいいのか?)くらいは南の海から「はいほー」ってやって来るのに。
 夏といえば香港でもサマーバーゲンをそこら中でやっているが、買いにいきたくても暇もお金もない(泣)。EPISODE(NINE WESTの靴が好き〜)系列が軒並み50%オフなのに(号泣)。

 最近少しだけircの具合がいいので、調子に乗って朝までチャット。ははは(乾笑)。おつきあいいただいている皆さん、ありがとうございます。


1997/7/17(Thur)

A DAY IN THE LIFE
 早朝作業計画は三日目にして挫折。しかし仕事の鬼ならぬ仕事の犬になる(薄笑)。

 君の前世は絶対キツネだったに違いない、しかもあまりに美しく自分の姿に見惚れたあまり溺れて死んだとかそーゆういわくつきのな、というほど綺麗な顔をした男の子。我が社が入っているビルを担当しているDHLの集配サービス員だ。特に親しくしているわけではないが、その彼が何を考えたか「日本語教えて」と迫ってくるようになって久しい。P嬢と「(なかなか可愛いところもあるし)暇だったら相手してあげてもいいけどねえ」とあきれているが、とにかく毎日オーダーも無いのにやってきて、目が@@になっているこちらの机の側に陣取り「なぁ、教えてくれよぅ」「いつ教えてくれるんだよぅ」「今日怪我しちゃったんだよぅ、見てくれよぅ、ほら、痛ぇよぉ」……ええい、うるしゃーわ!その白雪姫みたいな首を捻り斬ってやろうか。

 どうしても手がつかずついつい貯めまくってしまった入力作業を「やってね、、、」と静かな諦らめと恨みの込められた眼で訴えられ、自己嫌悪。ごめん。すまん。やります、終わらせます。今週中だ。女に二言はないです。やりますとも。会社に泊まってでも。
 以前東京で働いていた頃は、しょっちゅう徹夜仕事になって、ひとりオフィスに残り有線放送やCDを聴きながら折り折りしたり書き書きしたり貼り貼りしたり(何をだ(笑))していたものだった。オフィス用の椅子を3つ並べると、なかなか寝心地のよいベッドになることも知った。つい寝入ってしまい、ふと気づくと隣のフロアの人が枕元(じゃないな、椅子元?)に心配そうに立ち尽くしていたあの朝ったら恥ずかしかったな。なんとも心細い限りの薄給暮らしだったが、あれはきっと、書き書きしたものを読んでくれる人がほんの少しでもいたから、続いていたのだろうな。
 それにしても夜の残業はやはり効率がよくないっす。

ひどーい。コピーで読ませてくれるって言ったじゃないかぁ(涙)。鬼め(笑)。

 泣きながら帰宅。深夜0時を過ぎても九龍の目抜き通りネイザンロードは騒々しく、まるで人通りが絶えない。雨に濡れたコンクリートがてかてかしているところや、もういいかげん飽きてきた返還祝賀ネオンが痺れた眼に張り付きそうな感じ1Bようやく来たバスに乗り、ぼんやりしているうちにうとうと……ぐぅぐぅ……むにゃむにゃ……ああ、やっと馬鞍山だ、もうすぐ降りるバス停……ぐぅ……すー……(意識不明)……
 はっ?
 こ、ここは??
 終点ですよ、お客さん。(にやり)

 歩いて帰ったら1時20分だった。服を脱いで横になったら、べらべらと誰かが私の口を使って話し始めた。曰く、「いいとは何か?」
 おいおい。もどってるぜ。


1997/7/16(Wed)

A DAY IN THE LIFE
 本日も午前7時40分ひとりぼっちで始業。がしがし。さくさく。なぜ朝の方が仕事がはかどるのか?その理由は簡単で、朝は作業を中断させる煩い電話も緊急のfaxも来ないからだ。朝の寝ぼけた頭でも「集中する」ためのパワーはやはり夕方以降よりは蓄えられているらしい。
 街が激流シャワーを浴びて唸っているような凄まじいスコールと、真っ青な空がマブシい、マブシイよおかあさん!な晴天が1時間おきに交互にたち現われる香港。午後のある時に窓の外を見ると、ビクトリア湾から油麻地の辺りまでを繋ぐ巨大な虹が出ていた。……吉兆か?(笑)


1997/7/15(Tue)

A DAY IN THE LIFE
 ある製品の発注先の担当者が大変頭の切れる人で、電話やfaxで連絡を取る都度舌を巻いている。発言のことごとくが的確かつ漏れが無く、欲するところを明確に主張するがあくまで強引ではない。柔らかいテノールボイス、しかも(ここがポイント)イイ男。残念ながらクレーム処理の時ぐらいしか、彼とは連絡を取れず、いきおい会話が冷えた雰囲気になりがちなのが悲しい。街でばったり出会ったりしたら……(妄想モードオン)

 朝6時にぜんまい仕掛け的素早さで起床し6時45分の冷房バスに乗る。がらがら。道路も空いていて、7時40分にはオフィス着。仕事を始めながら某チャットルームに顔を出したら、「早出してチャットか」と厳しいお言葉を頂戴する。そのとおおおおおおおおり。
 朝の早出1時間と夜の残業の1時間では、出来る仕事の量が違う(朝の方がはかどる)とはよく言われているが、久しぶりにそれを実感した。でも仕事が好きなわけではありません。大嫌いです。
 それでも働くのは何故でしょう→自己実現のためでもなくお金稼ぎのためでもなく暇つぶしのためでもなく、ただそうしていないと間が持たないからです。隠居生活を送るには貯えがない、という理由もある。

 R嬢が、もちろんお世辞も大分含まれているのだろうが、北京話(ベイジンホァ=いわゆる標準中国語となる)の発音を褒めてくれた。わーい。今後彼女とはなるべく北京語で話すことにして、せいぜい職場の先生としていろいろ教わることにしよう。R嬢は「パートタイムで北京語教師もやろうかと思って」と言っている。確かに、需要増えてるものね。

 その計画をにやにや考えて、実はかなりな程度にしあわせ。
 なんだよ、かなりな程度、って?(笑)


1997/7/14(Mon)

TODAY'S TOPIC IN HONG KONG
 児童数十人を乗せた大型バスとクレーン車が激しく正面衝突、児童の大部分を含む60余名の負傷者が出る大事故が発生。幸い死者は出なかったようだが、バスの運転手は片方の足が裂けて(泣)しまったらしい。こういった場合に香港では保険はどんな仕組でどれくらい支払われるのか、自分にはわからないが……なんとも壮絶な写真が各紙一面トップをにぎわせていた。

A DAY IN THE LIFE
 さて。さてもさても。本日晴天なり。先日までの雨模様がすっかり去って(うわさによると、その雨雲が北上し、九州地区に災害をもたらした大雨を降らせたらしい)、香港は連日きっちり暑い。What a hell of this awful humidity!! でもまぁ、夏ってのはこうじゃなきゃいけません。金属味の日差しに濡れ濡れの蒼い空、むやみにのたくりあってるグレイと白のもくもく。おお、抱かれたまへ抱かれたまへその焼きゴテのような腕に!ってなもん……違うか(笑)。
 注目の新人R嬢はちゃんと出社してくれた(笑)。上海出身の彼女の国語(北京語)はなぜか聞き取りやすい。香港に来てまだ間もないのに、すっかり広東語が達者になっているのがすごいぞ。英語はもちろんのこと、大学時代に勉強したので日本語も片言が話せるのだ。なんだかもう、周囲がマルチリンガルな人だらけになっていく(泣)。
 本日の上海語:「しゃしゃのん(ありがとう)」。か、かわいい!しゃしゃのん!!
 またまたニューアイデアゲット(笑)でやけに心踊る一日であります。勢い余って残業婦人にも変身してみたり。ああ、この愛しく密やかな計画が、いや、まだ計画というほどのフィギュアもまるで無いのだけれど、ともあれ「おお!なんだ、こうすりゃいいのか!」と芽生えてきたものが、うまく現実に---現実!そも現実とは何でありませふ(笑)---成りかわってゆくといい。どこか深いところでどきどき。これはもしかすると、「好きな人に会えるといいな」って、あのわくわくと同じ種類のトキメキかもしれない(笑)。向かう先はまるで違っても、その刹那は同じ景色を見るのかしら。うくく。

 それにしてもはやく八月になるといい。きみに会いたい、早く。


1997/7/13(Sun)

A DAY IN THE LIFE
I can not 記得 what I did last night, I guess I did nothing but sleep in bed without dream.

$B$*$=$i$/NdK<$O$-$$$F$$$J$$$@$m$&!"(以下謎の文字列が続く)

 はっはあ。ほんとだ、文字化けしてましたね(笑)。Tちゃんわざわざ国際電話で教えてくれてありがとう。どうしてこうなったのかな。普通に会社のIEで更新したんだけど。いずれにせよ、たいしたことは書いてないよ。ところで旦那さまは元気?

 ぼんやりとした頭痛。なんとか会社に出てきて仕事しようと思ったが、ぜんぜん手につかない。こういうときは、美味しいものを食べて映画でも見て気楽に過ごすのがいいんだ、とよく言いますがね。頭痛は最近友達だよねー(「ボールは友達!」を何故かここで思い出す。なぜだ(泣)Tちゃんのせいか?)。

 これみよがしな質問を進呈しよう。きみ、ヒロシくん、きみは殺されたいと思ったりしませんか?え?ない?そりゃ幸せだねえ。


1997/7/12(Sat)

A DAY IN THE LIFE
 起きたら1時だった。で、支度をしてから窓の外のあまりの晴天ぶりに恐れをなし、なぜか某チャットルームに逃げこむ(笑)。のろのろぐずぐずした後になんとか重い腰を上げて会社に(そうだ、休日出勤をしようと決心していたのだ)向かおうとした……が、外に出たら本当に暑くて気が遠くなり(大げさ)旦那、イケマセンやこりゃ、と、食料だけ仕入れて家に帰ってきてしまった。亜熱帯のご当地が本来こういう気候なのはわかっていたはずだが、しばらく続いた雨模様のおかげですっかり体が暑さに弱くなっているらしい。クーラーさまさまだ。
 久しぶりにフライドチキンやらフレンチポテトやらのこてこてな食事。洗濯しつつ前日の日記(つまらん)をアップ。それから……えーと。いいかげんな時間まで起きていて、眠くなって寝たはずなんですが、よく覚えていません。ごはんを食べるのを忘れました(笑)。

 「ヒロシくん、キミ、最近どうだね、え?」
 「どうだねって、何のことですか、先生」
 「そらっとぼけちゃ困るよ、どうだね、と私が問えば、それはあれのことに決まっているじゃないかね」
 「ああ、あれですか。あれは、いけませんね。どうも詰まっているようですよ。こう、何かがひっかかって……」
 「ああ、違うよヒロシくん、私が言っているのはそれじゃなくて……」
 「詰まっているといえば、先生の喉もいいかげん詰まり過ぎですよね、どれ、僕が掃除してあげましょう」
 (ウィィイイイイン)
 「ち、違うんだってば、ヒロシくん、ああっ」
 「さあ、おとなしく口を開けてください、先生。さもないと怪我をしますよ」
 「(涙目)」
 先生の運命やいかに。

朝食 = なしなし/ 昼食 = Hardiesのセット、いろいろ/ 夕食 = 食べそこねたらしい


1997/7/11(Fri)

A DAY IN THE LIFE
 前夜、日記をアップした直後にまたしてもサーバの調子がおかしくなり、wwwもircもだめだめだったので、さっさと12時頃就寝。6時半頃起床、よたよたとお風呂にはいって目を覚ます。が、やはり眠い(笑)。濡れた髪のまま冷房バスに乗る。乗客は皆眠っている。このままどこか知らない場所に連れていかれても、気づかずに眠っているのかな……(その場合行き先は工場や学校などが望ましい ←なんとなく)。
 先日入社一日で辞めてしまったC嬢に代わって、今度はR嬢がやってくることになった。R嬢は超名門・上海復旦大学出身の才女(おまけに美女)である。どうもジュニアスタッフという感ではないのだが、とりあえずアシスタントから始めることになっているようだ。Tさんをはじめ、社長たちは前回のC嬢の「翌日退社行動」によほどショックを受けたらしく、今回は随分ナーバスになっている。「げ、月曜日、Rさん、来てくれるかな……」「月曜日は来てくれても、か、火曜日はどうかな……」ほんなもん、辞める時は辞めるんだってば。と、P嬢と顔を見合わせて笑う。
 夜、N主任の歓迎ホームパーティと称して、社長宅で夕食をご馳走になる。社長夫人のお手製ご馳走がずらり。どうしてひとりでこんなに沢山作れるんです??とまぬけな質問をすると、「そのうち出来るようになるのよ〜」と微笑んでいらっしゃる。……ほんとか(泣)?
 さて社長も酒が好き、社員も酒が好き、という環境なので、皆遠慮無しにかぽかぽ飲んでいたが、その中でも社長の前赴任地であるドイツからのお土産の白ワインが絶品だった。あちらでは、昼間から普通に葡萄酒を頂くらしいが、そこそこの値段の割に非常に美味しい知られざる地元ワインがごっそりある、という。いいなあ、行きたいなぁ。ワインにチーズの旅なんて、いいなぁ。うーむ。そうそう、Blue GIrl(ドイツのビール)とマルゴーの赤葡萄酒も美味しゅうございました。
 深夜帰宅。最近はメール、少ないね……あ、お返事出さなくちゃ……チャットしよう……朝になったよ。ねむねむ(笑)。ぐぅ。

朝食 = チーズハムパンとオレンジジュース/ 昼食 = 牛南河粉と菜心/ 夕食 = コロッケとサラダが美味しかったなあ


1997/7/10(Thur)

A DAY IN THE LIFE
 久しぶりにチャット夜更かしが続いている。前夜は午前5時頃ばたんきゅ〜、なんとか7時半に起きて冷房バスをつかまえ、座席に座ったと同時に再び就寝。目が覚めると自分が降りるバス停だった。いい感じだ、きょうでぇ(泣)。
 社内サーバはまだ復旧していない。それを口実に社長からの宿題を棚上げし、仕事のフリで某チャットルームにアクセス。掲示板の件で再び動きがあったようだ(ようだ、じゃなくて、自分もいろいろ焚き付けました<白状>)。こうして何かが起きると、否、今回の一件はまだ「起きる」と言うほどの出来事でもないのかもしれないが、「言葉だけの世界」に独特のバランス感覚の実態が見えてきて、大変興味深い。こういった問題は、ルール云々というよりはその「言葉感覚」の問題という気がする。世の中は実際「感覚」で支配されているのだから、当然かもしれないが。
 某ML仲間の皆さんの日記ページを巡って歩くのは、帰宅後の疲れが癒される楽しみなひとときである。今日は気仙沼のPさんの日記で「最強のカラクラ」の話題に遭遇。やっぱりカラクラだよね!そうだよね!!と意を強くする。今年に入ってからずっとQuadra嬢を使っているが、My Mac一号機は愛しのColor Classic Twoである。まだ本来のスペックのままだが、Power PC 603e搭載のカラクラなんてもう、もう、かっこよすぎて涙チョチョギれものだ。せめてLC575のボードは入れたい。ああ、改造したいよ〜!!自分じゃできないけど〜〜!!

 昨日到達した考えを今日もためすつがめつ眺めて過ごす。これを実行に移すために行動するのは、なかなか面白そうである。どうも準備に相当の時間と気力が必要になりそうだが、やってみようかな、と思う。ふふふ。

朝食 = アーモンドチョコ/ 昼食 = チャーシュー&鶏ごはん/ 夕食 = サルサいもいも


1997/7/9(Wed)

TODAY'S TOPIC IN HONG KONG
 日本でも報道されているかも知れないが、最近の香港での話題といえば、「小人蛇(または蛇童)」問題だ。蛇、というのはこの場合大陸から不法に出国する人々を指しているが、最近クローズアップされているのが、その蛇の中に数多く含まれる少年少女たち(蛇童)の存在である。彼らは大概父親が香港人で、その父親たちが大陸でもうけた子供なわけだが、月にごく僅かしか認められない正式な移住許可の順番を待っていられず、今すぐ手元にひきとって「既成事実」を盾に香港居留権を手に入れたい、という親心から不法に密入境させる例が跡を絶たない。基本的に子供だから許される、ということはないのだが、先日の返還前後には、「恩赦で数百人は居留権がもらえる」などといった噂が流れ、入境管理局にどっと不法滞在者(ほとんど幼児から小学生ほどの子供ばかり)が詰め掛け、けっこうな騒ぎになったりもした。親子そろって暮すことを非常に重視するのは中国人の文化的特徴だが、だったらどうして子供を大陸に作るかね、という疑問が消えない。それに香港で暮すことは彼らにとってそれほど価値があることなのか、とずれた感想も持ってしまうのだが。

A DAY IN THE LIFE
 口の無い鬼とくるくる踊る夢。はたはた、なんともはや、はたはた、ノンノン、我がスノーク家にはそのような下品な夢を見る娘など存在してはならぬのですからにしてからに!

 朝、やや寝過ごしてしまい、いつものバスでは間に合わないので、ふらふらとタクシーに乗る。むふふ、タクシー出社とはこれまたリッチじゃわい、じゃなくって、これじゃあ金が貯まらないはずだよね、どうするんだい、来月日本に帰る飛行機代は(泣)?
 さて車中、あるひとつのアイデアに出会い、終日その考えをいじって過ごす。とうとう手に入れた、というよりは、ようやく戻ってきた、という感じの邂逅。二十年前から、ずっとそこにそれがあることを知っていたのだが、なかなか到らずにいたものに、ある日あっけなくポン、と手が届いてしまった感覚だ。さて、これを今後どうするかな。
 今日こそ土石流を何とか食い止めるぜ、と思っていた矢先、会社で使っている購買管理システムの社内サーバが死んでしまい、システムそのものも使えなくなっていた。これじゃ仕事出来ないしー、って言い訳できちゃうしー、らっきー(おいおい)。
 ずっと雨模様の続いている香港だが、今日はほんの少し晴れ間が覗き、オフィスの窓から見える海の表面が翡翠色にぱらり、と変わるのを見た。しかしあいかわらず蒸し蒸し大行進だ。深夜の雷は依然真っ白で、やはり窓のすぐ外の空間に誰かがいてカメラのストロボをたいているようにしか思えない。

朝食 = チョコパン/ 昼食 = 昨晩のお土産のばってら/ 夕食 = 魚旦牛南麺


1997/7/8(Tue)

A DAY IN THE LIFE
 大変ひさしぶりに鬼になる(笑)。胃のあたりに懐かしい焦げ焦げ感が生じている。どうしたものか。うまく寝られないまま朝方倒れ(それを普通は眠ると言うんだって(笑))、やや寝坊してしまったが、第2ルートでセーフセーフ。社長が上海出張中なので、ちみっとの遅刻はおおめに見てもらおう(極悪発言)。
 会社がコーポレイトアカウント契約を結んだMarco Polo Hotelに、「部屋の視察」と称してランチを奢られに行く。何を食べさせてくれるのかと思ったら、自分のホテルに入っている「La Brasserie」というフレンチレストランで、ちゃんとしたフランス料理のコース。カジュアルな、というか、地味な雰囲気の店だったが、たいへん美味しく頂ました。仕事の話そっちのけで、こんな風にホテルの中に入っているレストランばかりを巡るのもいいよなあ、とぼんやり妄想にふける。
 さて、今日こそは残業婦人(泣)にならざるをえまい、と気力をふりしぼって覚悟を決めたところに、○船○井(ばればれ)のHさんから電話。Hさんはちょうど十歳ほど年上のひょうきん&ダンディ(死語すぎ)な切れ者で、ひそかにファンだったのだが、まもなく日本に栄転帰国される。だいぶ前に「焼き鳥を食べにいきましょう」と約束したきりだったのを覚えていてくださり、ありがたくももったいなくも夕食のお誘いだ。ので、仕事(すでに土石流は民家に迫っている。生命の危機を感じる)をまたもや放って、チムシャツイの日本料理レストラン「大阪」に赴く。店内は全きリトルトーキョーである。お言葉に甘えて、トロの刺身やらもずく酢やらを肴に日本酒をいただく。とほー(涙)感動っすー。ただ、少し前にとても美味しい日本酒を飲む機会があったのだが、その時の痺れるような味を舌が覚えていたので、菊○宗しかないのは残念だった。ヲトコと日本酒は、その両方の秀物が同時に目の前に揃ってくれないと、寂しい。おみやげにばってら一本頂戴する。
 食事の後、駐在員男性たちの聖域「女の子が隣に座ってくれるお店」にも後学の為(笑)に連れていっていただく。流暢な日本語を操って「こんばんわー!!」と入れ替わり立ち代わり(今日はお客さんがいっぱいらしい)現れる小姐たち。「歌って歌ってーー!!」「飲んで飲んでー!!」「Hさん、中国語じょうずーー!!」おじさんたちはこうして現の夢を見ているのか。いいなあ。
 タクシーで2イ帰還。また鬼が胃に巣食い始める鈍い感覚とともに、夜明けに眠る。

朝食 = サンドイッチとコーヒー/ 昼食 = 白身魚の○○風?/ 夕食 = エノキバターも食べたし


1997/7/7(Mon)

A DAY IN THE LIFE
 さても、この月曜日のブルーをいかにせむ。とりあえず、会社には出社しておく(笑)。
 午後7時、机上浸水も久しく、早急の事故防止対策が必要と推察される仕事の土石流をそっと背後に置き去りにして、ふらふらと飲み会に赴く。M印刷のSさんはあいかわらずアイドル系だ。一緒に飲むのは二度めであるSさんを含めた5人の他に、今回は初対面の日本人男女が8人もいて、合計13人の大人数。日頃は接待にも日本人倶楽部のサークル活動(ああ、苦笑しきり。その理由は割愛する)にも殆ど縁がないので、こんなにたくさんの日本人が一堂に会しているのを見るのは香港に来て以来初めてだ。正直、びびる(泣)。だって僕の対面許容量は5人が限界なんだよぅ(嘘)。テーブルの形のせいもあるが、席替えでもしないかぎり、やっぱり端と端とでは最初から最後まで会話する機会がないことがわかった(笑)。某ML各種オフ報告のとおりである。それでも名刺交換だけはするあたりが日本人なのね。
 二次会はこれまた日本人ご用達のカラオケ「BIGエ○ー」だ。席についてからも仕事の話を続けている初参加のメンツをほったらかし、Sさんたちがガンガン北京語広東語ソングを歌いまくる。やはり北京でちゃんと勉強してきた人の発音は綺麗だなあ。駐在員さんたちと違って好きで香港にやってきた現地採用組には、大概地元ポップスの「思い出の一曲」があるが、K製作所のNさんは葉倩文を叙情たっぷりに歌っていた。いい感じだ。
 やがて我が日本人営業マン諸君もマイクを握り出し、最後は全員の最大公約数項目であるAlice、オフコースのメドレーで盛り上がって終わった。やれやれ。

 あまりアピールしたことはないが、自分は根っからの関西弁ファンである。関西出身の人が地元言葉で話しているのを聞くと、密かにドキドキしながら耳を傾けている。どうして同じ日本なのに、関東語とああも違う柔らかさがあるだろうか。ずるいよね。ずるいよ、まったく。

 どうも、なんとなく自分全体がぼんやりしているのがなおらない。月曜日だからか、あるいは体調のせいだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。とうとうオツムにキてしまったのだろうか。こ、壊れる、壊れちゃうようっ(笑)。某いとしい方の真似真似(笑)。

朝食 = 忘記了!/ 昼食 = ハムチーズパンと牛乳/ 夕食 = 酒のつまみ


997/7/6(Sun)

A DAY IN THE LIFE
He said "I'm goin' to study Japanese", see how it goes on him!

 昨晩は某MLの某さんの某で某な某の話を伺い、笑ったり泣いたり。明け方前就寝、午前10時過ぎに起床。目が覚めたら妙に空腹(笑)。支度をして、香港仔在住のSさんとの待ち合わせ場所、金鐘(Admirality)に向かう。Sさんの同僚であるOさんが間もなく日本に帰国するので、Oさん宅であまった家電のうちのいくつか(ヒーター、扇風機、除湿機)を安価で譲ってもらうのだ。
 Oさん宅に行く前にちょっと贅沢をしよう、と、Sさんが何処からかせしめてずっと懐にあたためていたクーポンを使って、Island Shangri-la Hotelのビュッフェランチを堪能することに。案内されて窓際の席につき、「それじゃあ(バイキング方式の各種ご馳走を)取りにいこうか」となったところで、店のスタッフがす〜っと寄ってきた。「お客様、申し訳ありませんがこのクーポンは使用期限が切れております……」。Sさん大ショック!!の巻である。なんだよ〜、ちゃんと見て確かめとけよな〜、とツッコむ気もうせるほどのパニック(笑)。結局、まあそんなこともあるさ、と通常料金(お一人様HK$250)を払ってやはり食べることにした。しかしそうなると意地汚ないもので、前菜・主菜・デザートとも2回づつ山盛りの皿をとりかえるほど食べる食べる。コーヒーが美味しかったので、それもガンガン「おかわりくださ〜い」。夕飯の分までがっちり食べました(笑)。
 さてOさん宅で初めてヒーターを見てびっくり、よくある足元だけ暖めるタイプのものかと思っていたら、ひとかかえはある立派な温熱ヒーターでけっこう重い。Oさんの旦那さまのアメリカ人Cさんと同行Sさんに手伝ってもらって荷物をえっちらおっちらと運ぶ。Cさんは「小説を書いている人」(ただしまだ本にはなっていない)だそうで、柔らかい口調でひっきりなしに話しかけてくれる。なんてまぁ良いアメリカ人なの、と妙な感動を覚える(間違ってるかもしれないが)。家電運搬は無事終了。ヒーターが一番嬉しい。香港は亜熱帯とはいえ、冬場はそれでも気温が10度前後まで下がる。10度なんてそんなもの「寒い」のうちに入るものか、と言われるかもしれないが、暖房設備がいっさい無い気温10度、というのはけっこう辛いものなのだ。太陽も滅多に顔を見せなくなるので、まるで冷蔵庫のチルド室に閉じ込められたような気になる。これで今年の冬は寒さに凍えることなく過ごせるだろう。Sさんと「今週もがんばりましょう」とエールを送りあいつつ別れる。
 深夜の某チャットルームで「男女は身体の相性が問題だ」論が展開され、興味深く皆様のご意見を拝聴する。

朝食 = むー/ 昼食 = 一番美味しかったのはタイ風海老と春雨のぴりからサラダ/ 夕食 = なしなし(夜食でソーセージと固パン、青島ビール)


1997/7/5(Sat) うれしい眠りとうれしくない眠りの差は何かね、ヒロシ君。

是不是睡得更深就看得更美夢? 誰知道他看的是唯一他能認為是眞實的。

A DAY IN THE LIFE
「それは僕にはよくわかりません、先生。」
「だが君はいつも言っているじゃないか。“今日はとても嬉しい夢を見たのです”、まるでおかあさんにもう一度産んでもらったみたいな顔をして。あれは君、嬉しい以外のなにものでもないだろう。」
「いいえ先生、僕はそんなことは言ったことがありませんよ。それに僕はまだ一度しか母に産んでもらっていませんし。」
「なに? 君はまだ一度しか産んでもらったことがないのか?」 
「ええ、実は。」
「それはなんとも、お気の毒なことだな。人間、やはり三度は産み直してもらわないと、やっていけないぞ、人生。」
「ああ先生、実はそれで悩んでいるんです。どうにか産み直してもらういい方法を教えていただけませんか?」
「なんだい、また馬鹿なことを聞くねえ君も、ヒロシ君、ヲンナが産むといえばそれは妊娠だ。」
「ええ、先生。」
「妊娠といえばニンシンだ。まるで簡単じゃあないかね。」
「簡単ですか。そうか、簡単なのか。」
「やってみればいい。なんといっても君のおかあさんは女性なのだからね。」
「はい、わかりました、先生。ありがとうございます。」

 5時(といえば午後だ)起床。14時間睡眠。眠ることと寝ることの違いについて考察、それはつまりなんだ、あれなんだよな(笑)。

朝食 = ねむねむ/ 昼食 = ぐうぐう/ 夕食 = お土産のお煎餅と梅酒


1997/7/4(Fri) ヲンナに必要なものって何さ?(それは秘密)

一千個傷心的理由、他説他一定能説起来、但誰喜歓聴、是他一個人的心、何傷何痛誰知道。

A DAY IN THE LIFE
 だいぶいいかげんになってきたぞ(笑)。辞書が早く発見されないと、どんどん嘘つきさんになってしまふ……。
 水/木/金/土曜日分一挙更新もようやく三日目。さて金曜日、金曜日は何をしたかしら……はて……おや……あれれ? き、昨日のことなのにもう思い出せない(泣)。
 たしか会社には行った……うん、行った。仕事した。仕事、何したの?って尋かれたら、困るけど……そうだ、C嬢が出社一日にして会社を辞めた(笑)。香港ではよくあることらしい(ひどいのになると、半日で姿をくらます例もあるそうだ)。昨日みっちり教えこんで自信満々だったT氏は「そんなはずは」と呆然。天然典型日本的会社人間であるT氏には、C嬢の行動が理解できないらしい。ショックで言葉少ななT氏をおいて、PさんがSouth China Morning Post紙に再び人材募集広告掲載の申込をする。
 昼、社長お気に入りの上海料理レストランで、この5月から新しく赴任してきたN主任の歓迎ランチ。山のようなご馳走をひたすら食べまくる。卵白を泡立てて作るのに何故か蟹の味がする不思議な一品がやはりうまうま。豚肉と菜っ葉を茶色くなるまで煮しめたのも美味しい。ぱくぱくぱくぱく。話題は単身赴任であるN主任の香港における食生活に。料理道具一式を奥様がそろえてくれたらしいが、使うわきゃねえ、と苦笑いするN主任。さいわい新居のある地区は日本食料理屋も充実していて、さほど苦労はないらしい。「日本でもそうだね、最近はコンビニとかファミレスがあって食事に困らないから、嫁さんもらう必要がない」という声が男性陣からばらばらと出る。それにあわせて「でも、(食事以外の)他の必要はどうします?」という冗談が。「そりゃ……」と笑いの雲が曖昧にたちこめてこの無理したらセクハラとも言えそうな(言うか、つまらん)ネタはそれっきりになったが、ふとそこでオイラは箸を休めて考えた。ヲンナにもその必要ってえのはあるんじゃあないのかね。ないわけはないじゃないかね。どうなのかね。ええ? デザートの紅豆沙(中華なおしるこ)は、しかし旨かった。
 いいかげんな残業後、疲れて帰宅、半分眠りながらお風呂にはいって……でもチャット(笑)。北欧は密談モードに最適。なんだか本当にストックホルムにいるみたい(いたら大変)。
 日本は酷暑らしい。香港の太陽はまだどこかにバカンスに行ったままだ。  

朝食 = チーズクリームクッキーと牛乳/ 昼食 = 上海料理どっさり/ 夕食 = なし(夜食でMen's Pocky)


1997/7/3(Thur) 朋遠方よりまた来てるし

毎一個妄想擁有各個各色的主角和女主角、但他們的故事不識不覺到達一様的結果。

A DAY IN THE LIFE
 休み明け5分遅刻だぜ。というのも、昨夜の豪雨で我が馬鞍山地区にも被害が出て、バスがいつものルートを迂回しなければならなかったからだ。雨雨雨、返還前からずっと、空は太陽を忘れている。
 今日からオフィスに新顔のローカルスタッフが来た。C嬢。嬢と呼ぶのがふさわしいような可憐な雰囲気のジュニアスタッフだ。T氏がつきっきりで社の概要から仕事内容までみっちり説明していたので放っておいたが、ちゃんと通じているのか心配だ(笑)。
 昼休み、東京から返還見物に訪港しているSさんと待ち合わせてお土産をたっぷり頂戴する。Sさんは香港映画と某香港ベテラン歌手の大ファンで、年に最低2回は当地を訪れ、その度に業者並みの量の香港映画のVCDを買いまくって帰る豪な人だ。今回も数十タイトルは既にゲットしたらしく、ホクホク顔である。お土産はいつものブツであるお煎餅と某格闘技系雑誌(笑)に加えて制汗スプレー(香港ではこれがなかなか手に入らない。なぜだ?香港人は汗をかかないのか?)やらアリナミンやら。ありがたいことだ。夕飯をご一緒する約束をして、いったんオフィスに戻る。
 仕事はあいかわらず(もはや言及するのが嫌だ)忙しい。が、ともあれ少しづつ先に進んでいるような気もするので深く考えないようにする。某ML仲間の広島のJさんから会社宛に送ってもらった香港ミニオフの写真+αが綺麗なアルバム仕様で届き、仕事そっちのけで鑑賞(笑)。同時に秘密の副業で取材協力をした某ガイドブックの見本誌も到着、知らないうちに自分の写真が載っててががーん……(泣)。
 午後7時、中環(Central)のMandarin Oriental HotelロビーでSさん&同行のIさんと落ち合う。この老舗ホテルはサービスの良さでつとに有名だが、あたくしはケーキショップがとてもお気に入りである。アラン=チャンデザインのレトロかつ渋い模様のパッケージに包まれている各種チョコの盛り合わせを見ると、思わず渡す当てもないのに買いたくなる。同様に紅茶や中国茶も綺麗な缶に詰められて売っている。何年か前に求めた茶缶は、今もお気に入りのペン立てとして使っております。
 さて飯だめしだ、どうする?何が食べたい?と言いながらぶらぶらとランカイフォン方面へ。このまま行くとパブだのバーだのエゲレス人ご用達地区です〜、といった一歩手前にある「ヨンゲイ」(漢字が出ない(泣))に入る。ここは焼鴨が有名で、日本のガイドブックにもよく載っているレストランだ(オイラは初めてである)。混み合う時間帯直前だったのですんなりテーブルキープ、焼鴨と焼がちょうとチャーシューの前菜がさすがに美味。Iさん(北九州でインターネットカフェをやっている、やはり豪の人。いま使っているMacintoshのQuadraはIさんから中古で買ったものだ)からMOカセットをお土産にいただく。ゲームとかいろいろ入っているらしい、多謝多謝。
 帰宅後チャットをふらふらするが、ここ数日時差が激しかったircが、ついにどのサーバも日本につながらなくなってきた。北欧の同じサーバに接続してくれた方とは当然ながらお話し出来るのだが、もうのっけから密談状態である(笑)。もともと多人数は苦手なので、それもまた楽しい。とうとう朝まで話してしまい、久々の徹夜。しあわせ。

朝食 = チョコ&ピーナツクリームサンドと牛乳/ 昼食 = LaRoseNoirのホットサンド(温野菜とチーズ)にスープ/ 夕食 = 海老のすりみ乗せ豆腐もウマかったぜ


1997/7/2(Wed) 白身魚提督を食すの日

如果我喜歓他、可能是因為只有他的聲音在這様非常不尋常的状況下到達真摯的水準。

A DAY IN THE LIFE
 だらだら日記again。
 返還連休最後の一日。あいかわらず雨模様。昼過ぎ起床、歯を磨きながら、本日午後に入った3つのアポをどうこなすか考える。交友範囲の狭さにはしっかり自信がある僕なのに、こうして誰かと会おうとすると、必ずその約束がバッティングするのは何故なのか。
 ともあれ、まずはいつも某MLでお世話になっているシンガポール在住Yままの弟君、Kさんと銅鑼灣(Causewaybay)の時代廣場(Times Square)で待ち合わせ。「時計塔の袂で2時にお会いしましょう」なんて、ちょっぴりうふふ〜なシチュエーションだったが、無事対面を果たした後に空腹のKさんが連れていかれたのはきっちゃない麺屋であった(笑)。「文輝(マンファイ)」という名のその店、河粉(ホゥファン/きしめん風の麺)がやたら美味しいことで地元では有名なのだが、なにせぼろぼろの会議テーブルで客が押し合いへしあい蕎麦をすすっているような店内ゆえ、パンピーの観光客を連れていくのはいささか難しい場所である。が、Kさんは旅慣れているのか、ぺろりと紫菜四寳河をたいらげてくれた。その後「大排當(ダイパイトン)」という喫茶店で、その店が元祖と言われる香港名物の一つ「インヨン」(紅茶コーヒー、はたまたコーヒー紅茶……つまり紅茶味のカフェオレ、いや、コーヒー味のミルクティー……そういった味の飲み物)をいただきつつ、しばし歓談。(実はこの店のフレンチトーストもぜひ食べてみたかったので、さっそく注文する。以前に某日本人中華系ドラマー(笑)F氏とおデートした際、彼がむしゃむしゃ食べていたのを見て以来の憧れだったのだ。モノは油でざぶざぶに揚げてあるピーナツバターサンドで、バターと蜂蜜をたんまりかけていただく。カロリーの塊だが甘味が少なくてイケたです。)店内インテリアも中華レトロでなかなか素敵な雰囲気、とっても人当たりのよい好青年(笑顔がむちゃくちゃキュート。きっとYままも同じ笑顔なんだろうな)のKさんからNiftyやリブレットのことなど興味深いお話をあれこれ伺っているうちに、あっというまにお別れのお時間になってしまった。
 さて残った二つのアポのうち一つは結局明日に延期(笑)、残2チた一つが「イカ釣り」である。待ち合わせ場所には初対面の日本人の方ばかり数人。軽く挨拶を交し、旺角の女人街からミニバスに乗り込んで西貢に向かう。車中、おもむろに名刺交換を始めるあたりが流石に「やっぷんやん(=日本人)」だ。隣合わせに座ったIさん(♂)と「香港在住の独身日本人のうち、男性は駐在員として派遣されているケースが殆どであるのに対し、女性は現地採用組が多く、その分海千山千度が高い(笑)、流れ流れてこんなところで独りで働いているヲンナなど、畢竟訳ありのカコが無い筈がない」といった話になる。それはそうだが、いきなりそこで相手の年齢をきいてくるのはどうかと思うぞ、Iさん。
 数十分後、西貢に無事到着。が、雨足はますますひどくなっていて、イカ釣り船の客引きおばさんの姿などひとりも見えない。しばらく埠頭を彷徨った後、船はあきらめて海鮮を食べましょう、ということになり、手近な店のイケスから材料を選ぶ。本日のメニューはシャコ、海老、聖至(鉛筆のように細長いマテ貝)、それに……。日本では水族館でしかなかなかお目にかかれない、デカくて平たくてしましまでぼよよんとした顔の、ダイバーたちに時々「こんちは〜」とやってくれる、アイツだ。頭をぶった切られた無残な姿で戸板の上に横たわっている彼を、同行日本人たちは「これ、これ」と指定。ああ、亜熱帯。
 しかし料理されて出てきてみると、ただの白身魚。しかもちみっと大味だ。(やっぱり普通の石班魚(セッパンユゥ=石鯛の仲間)の方がウマい)。以前の記憶を頼りに指定したニンニクたっぷりの聖至の炒めものは、やはり同行者たちにも「酒の肴に最高」と人気。だばだばビールがすすむ。胡椒とニンニクで味つけしたシャコの空揚げはいわずもがな、本日の企画者であり海鮮初体験のU氏はひたすら無言で貪っている。宴席の話題は、香港で暮らす苦労話から怪獣ブースカの好物は何か?まで。もしかして変な人たちの仲間に入ってしまったのか。帰宅時は自分ひとり皆と違うバスとなり、現地解散。帰路の道が冠水していて、雨量の多さに今さ2迢チく。

朝食 = ねむり狂四郎/ 昼食 = 紫菜四寳河粉/ 夕食 = 提督とその他


1997/7/1(Tue) 花火のむこう

現在我住在中華人民共和国的新的特別行政区、就是昨天剛剛建立的、大家都認識這儿以前被叫作xiang gang、東方之珠。

A DAY IN THE LIFE
 昼過ぎ起床、洗濯をしつつメールチェック。なんとなく頭がぼんやりしているのはやや体調ダウンのせいか。
 夕方からHさん宅のホームパーティに出席。出席者は日本人と中国人が半々で、共通言語はあやふやな北京語だ。久しぶりに老師(中国語では先生は若くても「老師」である)に会うことができて嬉しかった。
 Hさん宅は、前夜の返還記念式典に出席した中国要人らが宿泊していた某ホテルのすぐ隣に立つマンションにあり、メインベッドルームからの眺めはまさに「百万ドルがっぽり腕の中」、絵葉書そのままの景観である。すごいすごい、とはしゃぎながら、Hママのお手製ご馳走をぱくつき、目前のビクトリア湾での花火大会の開始を待つ。前夜行われた花火の打ち上げは去り行くイギリス側の記念行事、今夜の花火は中国側の記念行事、ということで、メンツ至上主義の中国ならば前夜に比べて数倍の費用をかけているはず、と期待も高まる。
 午後9時過ぎ、まず龍やイルカや花などを象ったネオン細工を乗せた船の海上パレードが始まる(これが延々続いてダレた(笑))、やがて曇った空を焼くように見事な火の花が次々に咲き始めた。(ところで、ひとが花火を見るのが好きなのは何故だろうか? 夜の空に咲く火の花、咲いたとたんに消えていく炎の花、とても綺麗で魅入られるが、それはなぜだろう。)開始15分後頃、打ち上げ船のひとつで火災が発生。それが原因なのかどうかわからないが、「もう一発最後に大きいのがほしい」といったあたりで、惜しくも花火は終了。一緒に見ていた日本人の多くは「もっと見せてくれ〜〜」と駄々をこねていたが、自分としては満喫した。
 深夜バスで帰宅、しばらくチャットをするが、あいかわらずircの時差が激しい。雷が窓の外でげらげら笑っていたので、あきらめて退散。
 この頃は毎晩が雷雨である。稲光はだいたい色がついているが、馬鞍山のそれは薄蒼い場合が多い。以前に飛行機の窓から見た雷雲は不気味なオレンジ色に光っていた。そして純白の場合、雷はすぐそばにいる。窓のすぐ外に、本当にすぐそこに。

朝食 = なしなし/ 昼食 = クロワッサン/ 夕食 = Hママお手製ご馳走


■DIARY INDEX■