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南 国 備 忘 録
Nothing related to South China Sea regional/political issue.
Written in Japanese only.
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10-11/DEC/03

富士山はひとりぼっちだなあ 10:離陸予定時刻の2時間前を過ぎてもまだスーツケースの蓋を閉めずにいられる近さなのは有難い。車を飛ばしてもらい、15分もかからずに空港着。どういう理由かわからないが出国手続は随分混雑していた。機内ではひたすら睡眠を補充。途中、すっかり雪をかぶった富士山を上から目撃(左写真)。
およそ半年ぶりの南国は気温20度前後湿度80%内外、たいへん過ごしやすい。荷物をほどき、Mebius君の接続を確認。滞在先は勝手知ったる街だがぽつぽつ店が変わっている。新しく出来ていた潮州麺屋(いわゆる粥麺食堂)で水餃撈麺(HK$18=約250円)。山盛りの麺が食べ切れないし味覚が変わったのかとにかくしょっぱくてかなわず、残念ながら残す。馴染みのスーパーで食材や水を買って帰る。

11:昼まで爆睡。昨日買ったフランスパン(激しく味が無い)にハムを挟んで、牛乳で流しこむ。NHKプレミアとATB本港台をザッピングしながらネットを巡回。日が暮れてから銅鑼灣に向かい、上海料理のお店でごはん。今回運び屋になった元凶の大荷物のおかげで自分の着替えをほとんど持って来られなかったので、BOSSINIとGIORDANOでタートルのボーダー綿シャツ2枚とジーンズを購入。帰宅後、韓国の時代劇をDVD-Rで観る。アガシとアジョシの区別はつくようになった。


08-09/DEC/03

08:松戸に古い友達を数年ぶりに訪ねる。新京成電鉄に久々に乗りました。なんだかほっとする沿線でございます(いつも夢に出てくる・永遠に辿り着かない懐かしい駅がこの路線には実在している)。日が暮れてから津田沼のユザワヤであれこれ買物。綺麗なパステルの100色セットに一目惚れし、使いもしないだろうのに大枚はたいて入手。A判B判の区別がつかなくて唸る。結局丸めてもらった土管のような円筒形の物体を肩に担ぎ、ひーひー云いながら帰宅。紙というものは余程サイズが大きくても一枚ではたいそう軽いのに、20枚30枚まとまるとなんでああも重くなるのですか。
・玉子と菜花の炒めもの、他。

09:出しそびれていて催促が来た市民税の申告書類を市役所に提出し(窓口のおにいさんがやたら丁寧親切でびびる)、その足で千葉に出て頼まれもののデジカメや化粧品などを購入。田舎では前売りしていないヲタクイベントのカタログも入手。あいかわらず分厚い。他に『新選組』(黒鉄ヒロシ/PHP文庫)も購入。
・ほたての刺身、大根と豚ひきの味噌煮込み、グリーンサラダ、納豆、玉ねぎと油揚げのお味噌汁にごはん。白ワインをグラス2杯ほど。


06-07/DEC/03

蟄居状態。読んだり書いたりばかりで、喋ったり聴いたりしていない。ずっと喋らずにいるとはっきりと顎が固まる。

ワインのコルクを抜こうとして栓抜きの蝶番部分に挟んでしまい、親指の腹に5ミリ程度の細長い血豆ができた。まあ血豆なんて十年以上ぶりのことです。眺めているうちに、透けて見える豆の内部でみるみる赤黒いところとそうではないところに分かれてゆき、我輩のカラダもちゃんと異常事態に反応していることがうかがわれて面白い。
ところで、血豆は最後には皮膚の内側で固い塊になって、その皮を剥くと中からぽろぽろと乾いた血(ヘモグロビンと血小板の死体?)の粉が出てきて終わるけれども、不思議なのは、皮膚を被っていて乾燥するはずがないのにどうしてあんなに乾いた粉状になるのかということです。それほどに表皮近くで起きているから、目には見えないもののどんどん血豆の水分が表皮をくぐって蒸発しているのだろうか。でも、その分肌の下(奥)の方から新しい体液が染みて補充されるということは無いのだろうか。いったい誰がコントロールしているんだろうか。←ちなみにこの「誰か」は、私の心臓を動かし私の消化器官を動かし絶妙のタイミングで酵素とかホルモンとかを作らせている「誰か」で、完全にワタクシの意思の外に居るどなたかです。このひとと自在に交渉出来たら、どれだけ楽になることだろう。
然るに蟄居と申しますのは、このように血豆ひとつで15分くらいあれこれ遊べる身分なのでございます。罰当たりだのう。

読み中:『14歳からの哲学』。

06:すき焼き鍋(新鮮な玉子がなかったので付け玉子無し)、かにカマとトマト、グリーンサラダ、けんちん汁の残りとごはん。赤ワインをグラス2杯。
07:昨夜のすき焼きを煮直した鍋(こんどは玉子で)、鶏手羽の唐揚げ、アスパラガスとトマト、納豆、茄子のお味噌汁とごはん。白ワインをグラス2杯。


03-05/DEC/03

五反田・桐ヶ谷の斎場で行われた叔父の通夜と告別式に参列した。
母方の親類筋が亡くなった際は、お葬式の受付やお香典の管理は従兄弟・従姉妹連中とその配偶者が行うのがシキタリになっていて、今回は去年結婚したばかりの従弟のお嫁さんとふたりでずっと受付に立ちっぱなしだった。結婚して初めて参加する親戚行事がお葬式というのもなんだか気の毒だったけれども、逆に親戚だからとずっと椅子にかしこまって坐り読経を聞いているよりは楽だったかもしれない。
叔父がもう永くはないことはずっと前から覚悟されていたことだったから、遠方から駆けつけた叔父の兄弟親戚(故人が生き返って歩いてる!と誰もが目を疑うほどそっくりな兄弟たちだった)を含め、通夜の席もずいぶん落ち着いたものだった。だから尚更彼のことをじっくりと考える時間もあった。例えるなら、絹地のような布に何か濡れたもの(いろんな豊かな成分がたっぷり染み込んだ塊)をゆっくりおしつけて、その豊かな成分だけがじっくりと時間をかけて布の目を抜けあちら側へ染み出てゆくような渡り方で、叔父は逝ってしまった。これは、突然布を突き破って逝ってしまうのとどちらが哀しいのだろうなあ、なんて考えもしたが、そういうことを比べてもあまり意味はなさそうにも思える。

人にあたったのか疲れが出たのか、風邪をひきかけた。熱いお風呂に入っても蒲団に頭まで潜りこんでもぞくぞくする深い悪寒が消えない。もしかして斎場から誰か知らないひとでも連れてきちゃったかしら(お清めのお塩も振らなかったし)、と考えたが、確かにハレとケで言えば斎場は徹底してケに属するけれども、同時に最もきちんと正式に筋を立ててお弔いをする場であって、ひとにふらふらくっついてくるような妙なものが発生する謂れは無さそうである。同じ理屈で、お寺の境内にある墓場だってすぐそこに仏様がいるんだから、へんてこなものに遭遇するのはおかしいのだ(と思うことでお寺のお墓の傍を通る時は自分を励ましております)。
単に風邪ってことだろう、と薬を飲んでうとうとしたら治ってきたみたい。

03:精進おとしのお寿司や鶏の唐揚げを少し、お茶と豚まんひとつ。
04:サンドイッチ(ハムときゅうり、たまご、野菜など)とコーンスープ。
05:コロッケとキャベツ、ほたてとほうれん草の炒め物、味噌仕立てのけんちん汁、赤紫蘇ふりかけのごはん。


01-02/DEC/03

香典袋を買いにコンビニへ行った。日が暮れてすっかり真暗な道を戻ってくると、ある家の垣根にうつくしく等間隔のカーブを保ってネオン飾りが巻きつけられ、ちかちかぴかぴかと一生懸命光っている。玄関ポーチには適度な背丈のサンタクロースがいて、やはり輝きながら一生懸命笑っている。この家の庭はいつも、たいへんきっちりと手入れされています。

メモ:おかねのけいさんをすること。お土産を買うこと。
メモ2:いきなり幕末にコロびかけている。文系ヲタ女子が足を踏み入れる歴史街道として三国志と並ぶメジャーな道とはいえ、こんな歳になってから・しかもこのタイミングってのは如何なものか。斑鳩とか法隆寺とか飛鳥で止めておくべきではないか。それとも奥の細道とかイングランド銀行とか。などなどちぢに乱れるばあやなのである(ちょっと森茉莉風に)。

松尾芭蕉が忍者だった、という「と」説に、実は長らくひっかかっております。
イングランド銀行は面白いです。大昔、欧州経済史オタクになりかけました。大塚史学ラヴ!

01:焼き秋刀魚(大根おろしで)、昆布野沢菜混ぜ納豆、昨夜の残りの焼き鳥、茄子のお味噌汁とごはん。
02:野菜と豚肉の炒め物、かぼちゃの煮付、冷やしトマト、豆腐とワカメのお味噌汁とごはん。


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