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南 国 備 忘 録
Nothing related to South China Sea regional/political issue.
Written in Japanese only.
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23-24/DEC/02

祝大家 聖誕快樂!

ルミナリエミレナリオの言い分けにいつも失敗している。ルミナリオ、とかミレナリエ、とか、まあ言い間違えても相手はほとんど気付かないので問題は無い。

微妙にぎりぎりアウトなタイミングなので、残りの教習は年明けに持ち越しです(学科の勉強を全くしていないのでテストを受けても無駄だから、という消極的な戦法ね)。年の瀬の幕張なんて寒くって行ってらんないしー、と嘯く(←うそぶく、ってこんな字なのか)、しかしお台場には往く計画。

南国おたくビル戦果3本目、「ま゛」と咆哮する超重量級ロボットは恐らく脇役で、横山キャラが縦横無尽に天駆けるメタ破天荒OVAセット。衝撃のアルベルトが38歳なのはともあれ彼に可愛い娘がいて、しかもそれがサリーちゃんだったのが最大の衝撃。さすがに中文字幕を表示して見るとキャラクターの名前がわかりやすかったが、鉄牛を「てつぎゅう」と呼ぶのには最後まで慣れなかった。

ああいえばこういう、というのは意外と強い戦い方なのかもしれない(例:某国や某バイ○ム社)けれども、こういうならああするぞ、とあらかじめ云っておくのは如何様な効果がありましょうや。


22/DEC/02

高速教習。なんだかよくわからないうちに100km/hを超えていて、自分が助手席で感じる速度とはずいぶん違っているのが面白い。こう問題無く走っていられるうちは路駐だらけの狭い道をびくびく走るよりずっと爽快なわけで、なによ高速道路って気分いいもんなのねと呑気に構えていたら降りるI.C.を間違えた(直前に教官が回避)。

岩波文庫から「外科室・海城発電」「春昼・春昼後刻」(泉鏡花)と「雪」(中谷宇吉郎)を買う。冬には良いでしょう。ってこの冬のあいだに読めるのかは知らない。


21/DEC/02

地域の道路事情に則した路上教習「特別」。日も暮れ果てて激しく雨が降る暗闇の中、ひたすら狭く無舗装の畔道を走り抜ける。同じ組のオトコノコたちは難なくこなしていたが、わたくしの番になっていきなり教官のマジ叫び→「うわ、おい、たんぼ落っこちっぞ!落ちたら帰れねえ!」えーオカシイっすねー。そこに道があると思ったんスよー。
こんな調子で明日は高速。エンジョイザデンジャラス!(英語間違い)

おたくビル潜伏の戦果を2つ鑑賞。WXIIIは思っていたよりよかったけれども、もう少し抉れるカンジを味わいたかった。01は前作よりジロー自身のエロ度が下がっていて、いささか悲しかった。
どうでもいいことだけれども、石森(「石森」時代の石ノ森を、私は「石森」と呼びたい)作品、殊にSF作品の中に昏焔として立ち上がるエロティックな何か(それらはたいがい冷えていて、自燃性はない。地球に落ちてゆくジョーとジェットがどんなに美しい丸焦げであっても、たぶん触ったらカチンコチンなようなもの)を、ときどきむしょうに、憎たらしいぐらいに愛していることを自覚します。


17-20/DEC/02

南国はやはり蒸す。単に湿度が高いというより、しじゅう周りの空気から圧せられる感覚がある。

17日火曜、銅鑼灣の時代廣場で映画「無間道(Infernal Affairs)」を見る。劉徳華(Andy Lau)・梁朝偉(Tony Leung)領演主演。身元を隠し長らく黒社会に潜入している覆面警察官と、警察学校に入学する段階から警察機構に潜り込んできたギャング、それぞれの死に往き・生き抜く様。濃いことこの上無き正統的香港映画でした。三越上の美心で下午茶をしてから企みを持って出掛けた旺角のおたくビルで、まんまと懲らしめられる。尖沙咀東の日本料理屋でなんとなく食事をし、辺りの電飾見物にゆく。相変わらずギラギラで酔いそうな色。
18日水曜、朝のうちに洗濯を済ませてから尖沙咀に向かい、Great Eagle HotelのNY Main St. Deliでランチ。北京道沿いの中華デパート裕華で紹興酒と茶葉を土産に求める。地下に食料品売り場が新設されて、売っている酒の種類がずいぶん増えた。Giordanoでプレーンな綿タートルネックシャツ2枚とグレンチェックのマフラーも買う。
19日木曜、昼過ぎから映画「英雄(HERO)」を見る。李連杰(Jet Li)・梁朝偉(Tony Leung)・張曼玉(Maggie Cheung)・章子怡・甄子丹など主演。監督・張藝謀、撮影・Christopher Doyle、衣装はワダ・エミ。秦國皇帝の暗殺を期す殺手たちの物語だったが、物語られるのはストーリーではなくなにか美しいもの(風・雨・水・砂・書・剣といくつかの愛)ばかりで、映像をひたすら満喫するべき作品と思う(おそらく日本でも公開されるだろうけれど、ご覧になる場合は、ぜひ音響がよくスクリーンの大きな映画館で)。その後もう一度旺角へゆき、おたくビルで更にこっぴどく懲らしめられる。干しマンゴーと干し梅を土産に買う。
20日金曜、軽く掃除してから昼過ぎに空港へ。大陸の方では前の晩からずいぶんな大雨だったとのこと、午後になって香港でも降り始める。機内は空いていて、ずいぶん揺れた。「百鬼園随筆」で、飛行好きの著者があれこれと「飛行機で飛ぶのはたいがい無理がある」などと語っているのを読みながらがくんがくん揺さぶられるのは、佳いココロモチとは言いかねる。

11/3の夜、狭い階段を降りているところでうっかり挫いた左の足首が、どうかこうか捻るとまだ痛みますんじゃ。


12-16/DEC/02

昨日出来たことが今日もう出来ない、というのはかなり悲しいことであります。

14日土曜から南国に居る。前日に風邪をひきかけましたが、なんとか持ち返す。
2ヶ月ぶりの香港は、基本法の23条(詳細はフメイ、基本的人権に関わる条項を敢えて法文化する内容らしい)を巡ってずいぶん大きなデモがあり、競馬では日本の馬も出走した香港杯が開かれ、ハリー・ポッターpart2が今度の木曜から公開で(英語版のみ既にプレミア公開中)、日中の気温は20度を越え、どこの店でもバーゲンをやっている。
15日日曜は髪を切りにゆき、TSEのタグカット・アウトレットセールでちょいと贅沢をしてカシミアのカーディガンとパンツ二つを買う。昼は近所の食堂で蒸し鳥+焼きがちょうごはん、夜は銅鑼灣の榮記粉麺で魚だんご+大根煮込み入り河粉。この店の大根の煮込みは美味い。醤油と何を煮るとそうなるのか、こってり小豆色の汁に漬かって飴色の大根。それに立ち食いの蒸し焼売ひと串。
16日月曜は銅鑼灣でぶらぶら。昼は四川担担麺と焼き小龍包。MUJI(無印良品)で新しいノートと裁縫セット、OZOCで財布を買う。わざわざ日本のメーカーの商品を香港で買うのは何故かと申さば、東京は行きはよいよい帰りは怖い、から。

「哲学する心」を読み終わり、一度読みさして中途で放り出した「文章讀本」(谷崎潤一郎/中公文庫)を読み直し、こちらも読了。最初に読みはじめた時にも思ったが、「文章讀本」はノートを取りながら何度も再読するのが良いと思う。文中いくつか、読み方は見当がつくが意味がわからない言葉、あるいは読み方すら皆目わからない言葉があった。辞書を引きながら日本語の本を読むてのはシンセンです。次は「百鬼園随筆」(内田百間/新潮文庫)。
本を読み終わるときの独特の感じ。ずいぶん長いあいだ漫画以外の何かを読了することから離れていて、いざやってみるとあんまり呆気無い。


09-11/DEC/02

たいへん注目される裁判であり、出された判決を一刻も早く視聴者に伝えようと努力するのはわかるけれども、なぜ民法各局の取材記者は誰も彼も、裁判所の外で待ち構えるカメラに向かって激しく息を切らせて走り寄る生臭い(お芝居くさい)姿を晒すのか。おまけに子供のおつかいか運動会のリレーのように単純なおまじないをマイクに繰り返していて、極刑判決であることを伝える重みがほとんど無い。そっちの方が興味深い。

左にずいぶん寄ってるつもりだが、まだ寄れってか(遠い目)…。

こまぎれの印象:
証券会社の書類は読み難い。
Appleの製品はキレイだけど高い。
母も老いている。


06-08/DEC/02

9日未明。いつのまにか雨から湿った雪に変わって、そろそろと積もり始めております。
空から落ちてくる、停まらない白いやわらかい冷たいモノ、どんどん落ちてくるちいさい白いモノ。
南国には無い。これが見たかった。

まだ「哲学する心」を読んでいる。このところ“本を読み切る”力が以前にもまして弱っていて、一度手にとっても僅かも頁が進まないうちにいつのまにか放っておいてばかりで嫌な気持ちが募っていたけれども、なんとかこれはいけそう。勝因は、江戸東京博物館でお土産にしたきもの柄の綿生地製のブックカバーと思われます。手触りに、なんと云うか、ちょうど文庫本の形に合うしっかりさと柔らかさが有る。こんな風になにかひとつのモノがちょっと増えただけで、ころん、と別の何かが変わっていくことは、たまにありますな。

ダチュラ。非常に懐かしい。


05/DEC/02

とにかく安全確認がちゃんと出来ないうちは路上に出すな。←まだまだダメな模様
下総上総安房のあたりは全国交通事故死亡者数ワースト3位にランクインする暴走半島として有名ですが、万一免許が取れた暁に私が日夜走るであろう地区は、そんな千葉県内でもかなり人が死んでるエリアだそうです。

クリスマスの電飾を庭の植木に飾る家が増えたなあ。昔よりたくさん見かける気がしますが、どうなのかな。
香港では先週末から本格的にビルの電球イルミネーションが始まっているとの由。バーゲンの時期でもあるし、安い冬服を仕入れに行きたいところです。

たぶん有名なんだろうけど、ワロタをもらう悦びを知るひとに、心癒されるラウンジ愛の歌。Lounge_Song.html(歌+伴奏あり)。


02-04/DEC/02

これが「カーブでのスピードの出し過ぎ」ってやつか!と実感する日々。たいへんシンプルに、ただただ危険なだけだわね。

印刷博物館と江戸東京博物館に行く前に買った「ぶらり東京の博物館めぐり」(Burari倶楽部編/池田書店)というガイドブックがなんとなく地味にいい感じで、繰り返しめくっている。全部で90ヶ所の博物館・資料館・科学館等が、見開き2ページないし1ページ毎に地図・交通手段・みどころ・裏ワザと一緒にコンパクトに紹介されていて、都内のエリア別にも大きくまとめられているので、ぶらぶらといくつか見て歩く計画にも役立ちそう(ってやるかどうかは別なんだけど)。読んでから行ってみたくなったのは、大名時計博物館と物流博物館

しばらく経ってから振り返ると「なるほど、あーいう事だったんだなあ」と分かることでも、当時はなんにも判断がつかずに途方に暮れちゃってました、ってことは誰でも何度か経験するとは思いますが、しかしそれは経験則によって将来回避できるようなシロモノですかのう。


29-30/NOV-01/DEC/02

見にいったもの:
◎『1960年代グラフィズム(印刷博物館)』の「後期・夢の変貌」編。
「美共闘」や当時のアングラ劇場のポスターはやはりどこかでツボに来る。状況劇場「少女都市」のポスター(赤瀬川原平)。赤瀬川と云えば自分にとってはどうしても“トマソンの提唱者”だけれど、ずいぶんいろんな仕事をしてきた人だ。雑誌「週刊アンポ」(定価百円)のサブタイトル「安保フンサイへ人間の渦巻を!」。京都芸術大学の叛芸術祭ポスター。どれもこれもピンク系(notエロ系)、蛍光ピンクが持つあのカンジ、“(何かに)なりかけている”ものが放つ燐光色っぽい。頭はよさそう、すこしズルそうでけっこうすぐ疲れそう、でも嫌な感じに疲れるのではない。
印刷博物館の通常展示も楽しい。出版・印刷業界に関わるひと、あるいは製本・本そのもの・活字・「刷ること」や「文字や意匠で表現すること」に興味が有るひとは一度訪れてみてもよいかもしれないです。
◎『本田宗一郎と井深大展江戸東京博物館)』。
デモンストレーション・ショーで初めて動く生ASIMOを拝んだ。想像していたよりずっと可愛い。後ろの席の兄ちゃんが「中にヒトがはいってるとしか思えねぇぞ」と呟いていたが、フラダンスまで披露するとは。しかし司会のおねえさんの問いかけにASIMOが頷いたり首を振ったりする、それは正確には裏にいる操作担当者がジョイスティックと腕に巻いた端末で「頷かせたり」「首を振らせたり」しているのだけど、まさにASIMOが自分で「頷いてる〜」「違うっていってるよ!」と受け取り“たがる”土台が観ている側には濃厚にある。客を舞台に上げてASIMOと一緒に踊らせる演出からして、どうかすると手塚治虫ランドで鉄腕アトムのヌイグルミショーを見ているが如きまったり感が漂う。展示のおまけのデモとは云え、そういう土台を企業は払拭させた方がいいんでないかのう。

アヤフヤなメモ:
・アート(一点もの)化←の→デザイン(複数性)化…デジタルはGeneなのか否か
・monoではなくpluralなこと…モノ、言葉、絵、色などが同じ形をしてふたつ以上在ること
・「印刷」にはoriginal(被copyの可能性がある存在)は無いようだ(オリジナルは刷版や組版や版木でそれ自体はひとに見られないものだ、且つ刷られたものは“copy”ではない)→あるいは印刷される複数の全てがoriginalだ(pluralなoriginal)
・originalに含まれる唯一性は刷数によって分断されるか、もしくは守護される
・web上ではoriginalのソースを置いたひとつの(monoな)場所に多数がアクセスする、逆転した形でpublishされる
・printとpublishの違いってなに?←辞書を引け

ところでどういう奇跡か修了検定と仮免学科はなんとか一度でパスしました。しかしこんなデンジャラスなドライバーを路上に放つなんて、道交法違反じゃないかと担当者を小一時間(略


28/NOV/02

「あんた運転は上手なのに、なァんかポカポカッと安全確認を忘れるんだよなァ」
それは手前が最も他人迷惑なドライバーだという最後宣告でしょうか先生。
慌ててしつこく目視運動を繰り広げていると、初めて教わった際にはいっぺんも引っかからなかった狭路進行がボロボロに。
「(ひどく不思議そうな顔で)どーゆう目印だとか自分で決めてないの?決めてていいんだよ?」
ていうかもう俺に話しかけるんじゃねえ!状態なんじゃ( ゚Д゚)ゴルァ!

昨夜4〜5時間かけて、ネット上ではだいぶん有名らしい某ソープ嬢の日記サイトを過去2年間分ほど読み通して徹夜。彼女がそこで怒鳴り呟き告白し吟味する彼女自身の物語はいよいよ佳境に入っており、果たして今夜は何か動きがあったやも、と先ほど再度尋ねてみると、サイトはきれいさっぱり跡形も無い。

CHIBA ART NOW '02 かたちの所以 Retracing the Paths』に往く。中村哲也氏の「レプリカ」が見たかったからだけれど、見終えて印象に残ったのは丸山富之氏の作品。大小さまざまの砂岩の塊をL字型になるまで薄くうすく削っていったもの。座椅子のようだが脚も窪みも無く、“形がただそこに在るカンジ”がひたひた・ほとほと染み出してるようなもの。“明るさ=明るみの度合い”とか“深さ=深みの度合い”に準じて云えば、“在るさ(あるいは「在りさ」)=在ることの度合い”がちょうどいい具合なもの。
メモ:『表面がそのものの価値を決定する』『使うひとがいない茶碗に成ること』。

もひとつ(かなり昔に書き殴って机の上に放り投げてある)メモ:「知的で無私で持続的なおもしろがり」。


21-27/NOV/02

zhangjiajie, china 中国湖南省にある世界遺産・武陵源風景区に行ってきました。
張家界(Zhangjiajie)森林公園の金鞭渓(全長5.7km)を散策したのが一番印象に残りました。日本でもなかなか拝めそうにない非常に澄んだ渓流の水面から朝靄が立ち昇って、その両側に最高で300メートルを越える奇岩奇峰が延々と連なる図は、正に水墨画のサンプルのようでございましたよ。
天然の巨大な鍾乳洞(総面積20万平方km)に極彩色にライトアップを施したさまがどうにもこうにもハリウッドのB級SF映画セット(皮膚に鱗がある系の異星人の基地)みたいになってる黄龍洞も、またある種とんでもない見物でございました。
ついでに訪れた毛沢東の故郷は、まごうことなき田舎でした。でも記念広場に建立されたでっかい銅像はたいそうぴかぴかと輝いており、大輪の菊の鉢植えがずらりと足元を飾っていました。記念館での感想→まだ中国が中華民国だった頃、中国服を着て学校の仲間と並んでふふふと笑っている毛沢東青年(マルクシズムに出会う前)は、ちょっとはイケてた、ように見える…。

仮免学科試験の予備テストはなんとか2回目で合格。実技も残るはミキワメを貰うばかり。ところで所内のコースをぐるぐる回っていると、しばしば助手席で教官が居眠りするのはどうなんでしょうか。教習所の教官というものはとんでもなくおっかないと常々教わってきたので、いつ怒鳴られるかびくびくしながら「お、起きてくれ〜」と念を送りつつハンドルを握っております。

睡眠導入用の本は「哲学する心」(梅原猛/講談社学術文庫)。書いてある内容そのものよりも、筆者の書き方、というよりは、“筆者が言いたいことの書かれ方”になんとなく気分が偏って読んでいる。例えば、筆者が言いたいことはA+A is not Bだったのに、書かれた文章は B is A but isn't A+A、あるいはA is not A+A, and B is Bのようになっている“気がする”。特にこの本がどうこうというより、そういう読み方をしていること自体がすこし新鮮(遅…)。


12/OCT-20/NOV/02

更新するならする、しないならサイトをちゃんと閉じろ。
でも「免許取得への(緩慢な)道」と「えろサウナ看板+へんな麺グルメ香港編」はどうにか完結したい。

とりあえず中国の南の方にあるらしい(今ひとつ場所をよく理解していない)山の景色を見に行ってきます。


10-11/OCT/02

地元の二万二千分の一縮尺地図を買う。家からぶらぶら歩いてゆける範囲に、神社が5つ・寺が4つあった。
「九頭竜宮」と記された神社がなんとなく気になる。川も沼も無い、おそらく畑だらけの場所にあるが、それでも龍神様なのかしら。軽くgoogleしてみると「九頭龍(竜)神社」は日本各地にそれなりの伝説を携えて奉られていて、たいそう立派なお社がいくつもある様子。
中でも箱根神社の末社の九頭竜神社(芦ノ湖で暴れていた九頭の竜が調伏されて神に転じたとか)では、湖水祭の際に「湖上の大鳥居前からは宮司が唯一人一艘のみが湖心に向い一社伝来の特殊神事を行う」そうで、市川昆テイストの横溝映画が勝手に脳内上映されました。
九つの頭を持つ龍といえば九龍(Kowloon)也是。

連休だからというので妹が子供たちを連れてやってきた。夕食後にチビ姉妹が「散歩にいきたい」と言い出し、近くの公園へぶらぶら歩く。もうずいぶんと肌寒い。双眼鏡を持っていき、沈みかけた(木瓜汁を水で薄めたようないろの)月をふたりに見せてみると、小1の姉の方は「うさぎさんの模様?」とかわかったようなことを言ってはいるがなんだか見えていないものを口先に乗せただけのようで、幼稚園の妹の方は一度ぺらりと眺めると、とっととぶらんこを漕ぎに行ってしまった。
二つ目に遊んだ「象さんがいる公園」の鉄棒が、驚くほど冷たい。夜露に湿って濡れている。

ここしばらく足が冷えてしかたがないので足湯でもして寝よう、と風呂場でごそごそしていると、父が「青竹を踏め。しからばなんぞ冷えることのあらむ」と仙人のような口上を垂れる。試しに15分ほどえっさほいさと踏んでみましたが、痛いよう・゚・(ノД`)。冷えに効き目があるのかどうかまだ不明。


08-09/OCT/02

靴下を選ぶ、という小粒の、綿花摘み作業めいた、悦び。
南国では「うすら寒いので靴下を履く」のは冬の間のことでしたが、はて、この先に待ちうける関東平野の冬の乾燥と寒風が怖くもありドキドキでもあり。

科学に対して抱く感覚もしくは感情をどう言葉にあらわしたらよいのかわからない。一番近いのは「快感」かのう。

人生にとってぜひにも必要なものは「勇気(courage)」と「笑い(humor)」かしら、と考えることがここしばらくのうちに何度かありました。考えるだに、そうではないかそうであろう?と目に見えない誰かに向かって力説してしまいそうになる。勇気と笑い。加えるにお金があれば、それに越したことはないです。

やはり土瓶蒸しで一献。


05-07/OCT/02

メモ:テレンス・コンラン卿の発言@朝日新聞be on Saturday掲載インタビュー
「それまでなかったマーケットをつくりだすのに、重要なのは、ひとびとは提供されていないものを欲しいとは思わないという事実です」「デザインがなんたるか理解していないひとが多い。コスメティックスだとかスタイルだとか思っている。そうではなく、デザインは製品をうまく機能させ生かすものです」
英語で読ませろ、と思った。

日本は生理用品の種類がとても豊富だなあとしみじみ感じる@マツキヨ店内。特に「多い日・夜用」の充実具合たるや素晴らしい。
が、実際それぞれの吸収力に大きな違いは無い(と思う、おおっぴらに大失敗でもしない限り、センター吸収だろうが脇ガードだろうが、オンナはそんなもの気にしない<自分を例にするな)。畢竟「夜用」ラインナップの差別ポイントは「29センチ」か「30センチ」の違いでしかなく、その1センチの差を敏感に察知するほど、やはりオンナの尻は敏感じゃなかろうと思う。<だから自分を(略
でも特売で安かったから「日本最長40センチ」を買っちゃったのよ。40センチだよ。小学生が使う定規より10センチも長い。そんなに長くて白くて柔らかい不思議なものを股に挿んでるオンナってどうなのよ。
ていうか「日本最長」=世界にはもっと長いモノがある、ということだろうか。

日曜日は煩悩大爆発。でも荷物の重さに体力がもたず、見たかった映画を諦めた。
月曜日の午前の嵐は凄かった。午後からさらさらの強い風が吹き渡る。もう蝉は居ないようです。


04/OCT/02

やや小振りな地図フィーバー来たる。高校地理の授業で使う地図帳を本屋で物色するも、購入せず。自宅の本棚にあった下総の道路地図を床に広げてぐるぐる回しながら、あらためてこの東関東とっぱずれ・袋小路県の形を認識する。
ついでに知ったことに、この家のごく近所に小さな神社や寺がけっこうあるらしく、そのうちおむすびとお茶でも持って訪ねてみたいです。中身は梅とシャケがいいな。昆布かな。

買った本:「天才柳沢教授の生活」第1巻(山下和美/講談社漫画文庫)、「マイブック 2003年の記録」(新潮文庫)。「柳沢教授」の初出は1988年の夏だったことを初めて知った。まとめ買いせず、わざと少しづつ続きを買っていくつもり。「マイブック」は3年目、昨年と今年はものの見事に真っ白な、束見本のような本が出来た。
読み始めてみた「文章読本」は、真剣にノートを取らないとなにやら勿体無い気がする。本に直接赤ペンでラインを引くなり、付箋を張るなりする癖をつけてこなかったのが悔やまれる。

香港居民時代に頻繁に使っていた自分のID番号(8桁)はとうとう覚えられなかったのに、住民基本台帳の番号は暗記している。というのも、広東語で読むと、とても覚えやすい、踊るような音が繋がる11桁だったから。
私がIDを作った1995年当時、香港ではどの市民も指紋の記録をとりました(今はどうなのか知らない)。別に悪いことをしたわけじゃないのに、なんだかどきどきしたっけなあ。


03/OCT/02

北総にあるでかい大学病院へ「見学」にいく。

料理をすると何か快感を刺激するものが脳内で分泌される。エンドルフィンとかドーパミンといった立派な物質ではないが、まあそれの萌芽か孫株みたいなもの。自分ひとりのために料理をするのではない、という場合はより確実にその物質は染み出るようですが、しかし同時にノルアドレナリンも放出されていそうでもある(特にそのひとに美味しいものを「必ず食べさせたい/食べさせなければならない」ケースに於いて)。
コックさんの脳味噌って、いい具合にこなれてるかもなー。

昼間どんなに暑さが戻っても、夜の風はずいぶん涼しい。
ここのところ、寝しなにはジャスミン茶を飲んでおります。秋とか春っぽい味だと思う。
ジャスミン茶(茉莉花茶)の本当に高級な茶葉(花)は、まるで古代絹で出来たこびとの鞠のようですよ。


02/OCT/02

台風21号の被害:「これは大丈夫だろう」と玄関先にそのまま置いていた植木の鉢がみごとに転がったらしく、大きく割れていました。幸い、釣鐘スカート型の深く赤い花(あるいはガク)がぷらぷら幾つも揺れている本体(名前は知らズ)は無事だった模様。

メモ:「算額」。和算の問題や解法を絵馬に描いて、神社などに奉納したもの。

北朝鮮による拉致問題に関するニュース映像はどれも見ていて苦しい(あるいは苦々しい)。同情とか憤懣とか不安とかそういう類ではなく、もっと捻ねくれた感情で、あまりカラダによくない成分が出ていそうでもある。

昨日は国慶節。香港はお休み。この季節ではまだまだ蒸し暑く、おしあいへしあいしながら夜空を仰ぐにはちょっと辛いかもしれないけど、記念の花火が打ち上げられたはず。


01/OCT/02

台風21号がまさに「来襲」。午後から雨・風がひどくなり、午後8〜9時頃には最も下総に接近した模様。暴風域に関東全域がすっぽり入るほど大型なだけあって風の勢いがとにかく凄く、庭の植木鉢が2つほど「がこん!」と唸って転んだ。土をがっぽり吐き出してじっと動かないのを、雨戸を開けて救出ス。

風の強さが募るにしたがって、長くながく伸ばした消防車のサイレンのような、電気で息を継ぎ足した笛のような、甲高い単調な音がずっと続いている。何度か書いておりますが家のすぐ傍に東電の送電鉄塔が建っていて、どうもこの頭上遥かから吹き伸びてくる音は、おそらく送電線が鳴いている声ではないかと思う。
録音しておきたいけど、テープレコーダが無いざます!

この風で、金木犀の木はどうなっているかしら。
どうやら妖怪隠れキンモクは一軒おいた隣のお庭に居るらしい。

「文章読本」(谷崎潤一郎/中公文庫)を読み始める。

深夜、だいぶん風が収まってきたところで雨戸を開けたついでに仰いでみると、天然のハイパー強力掃除機がチリ芥の類をすっかり払い除けてくれたおかげで、案の定かなりたくさんの星を見ることができました。10x25の普通の双眼鏡で、すばるやオリオン大星雲(ちゃんと滲んで“星雲”なのが分かって感激)やなんだかよく名前を知らない星を楽しんでいるうちに、隣の雑木林の真っ黒い梢からにゅるーんと月が出てきました。「えへらッ」と笑ったような開きぐあいの乳白色の口で、上唇のぎざぎざ(月本体で、影になっている部分との境目)がくっきりしていて、まあ今夜はノーメイクよ台風なんか来たもんだからねって感じ。


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