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南 国 備 忘 録
Nothing related to South China Sea regional/political issue.
Written in Japanese only.
diary index

30/NOV/01

ごく短い期間私にとってトップアイドルであったひとが亡くなってしまった。病んでいたことは知っていたし、涙を必要とするほどひねり込んで好いていたのではないけれども、なんだか暫くひっかかってしまいそうに思えるのは、彼を好いていた時期にまだ払いそこねた埃が溜まっているからかしらん。ジョンが亡くなった直後にフランスの漫画家たちが描いたかなり辛辣な(あるいは非常に甘く濃いオタク情念をいかにもな気障でもってデコレートしただけの)トリビュートコミックのアンソロジーを読んだけど、それからもう20年経って、まだあの漫画(群)の感傷以上にカッコイイ追悼のしかたを知らずにいる。

本:まだのんびりと「私の美の世界」(森茉莉/新潮文庫)を読んでいます。読みながらけらけら笑える本は久しぶりだ。茉莉ばあさんマンセー!
映画:見ていない。せっかく「AVALON」が封切られたのに見そこねてしまった。邦画では「サトラレ」も封切られていました。中文タイトルの他に改めてつけられた英語タイトル「TRANSPARENT」てのがちょい洒落てたような気もする。「冷静と情熱の間」も日本と香港同時封切りですが、きっと日本ほど盛り上がってはいなかろう。お化け映画「千と千尋」は12月15日頃から公開らしいです。韓国からは恐怖片がぽつぽつ入ってきている。香港映画は相変わらず全くぱっとしません。

猛然と旅の計画をたてはじめている。遠いところへ行く前に。
香港仔の隣島(の、隣島)に、もう一度行きたい。妙に西洋人が多い平屋建ての喫茶屋だのレストランだの謎の古本屋だのが続く狭い道がありまして、どうも10年前の大理を思い出させます。ニホンジンにはどうあっても描けなさそうな、「英語が母語じゃないひとが描いた」いかした英語メニューの看板を掲げた店(BGMは何故かBeatles)で、チベタンティーを竹筒の急須からどぼどぼとカップに注ぎながらA DAY IN THE LIFEを聴いてとぼけていたわけですが、その時つくった藍染めのひとえのワンピース(白族だかイ族だかの女性たちが観光客向けにオーダーメイドで作って売っている)は、共布で作った小さなくるみボタンがたくさんたくさんついていて、すごく可愛いデザインで、今も持ち歩いています、もう10年着ていないんだけど。

こういうの↑ってどうなんだろう、とりあえず、どう考えても偉大なる森茉莉ばーさん先生の世界には到達できとらんのは確かです。もっとこう、ヌレエフとかニジンスキーとか澁澤とか三島とかそういうモノが脳みそに剥がされ難くくっついてないとだめなんじゃないかと思われますが、もはや遅し。かくて20代の私は何をしていたんだろうかとつくづく呆れることになる、最近はそればかりで、これもちょっと面目が無い。アニメや漫画(やちょっとしたモノゴト)にそれなりに没頭していたことを誇ればよいにしても、それももうあらかた定かでなく、本当にぼやけてしまっている。おのが20代のおとぼけザマをすべて時代(嗚呼80年代)のせいにしてしまっていいはずもないが、それにしてもいっそ10代以前の方が遥かに鮮やかであります。黒い鉄球が雪に冷えた空気を割って浅間山荘に突っ込む、あのひどく痛そうな冷たさまではっきり覚えている。珠算塾の帰りに自転車ですっころんで鼻の下を擦り剥いた道路の色、造成地に伸びていた新しいアスファルトの色をその固さと共にはっきり思い出せる。道路の隣は子供が落ちれば溺れるに十分な幅と高さの、ふたも無い下水溝があって、そのむこうは伸び放題の雑草ばかりの原っぱと雑木林で、たしかにまだかぶと虫やくわがたがいて、団地のすぐ隣なのにまだ蛍も夏には飛んで、母が数匹つかまえて私と妹に見せてくれました(蛍光、という名はまさにあの光であるのこと)。テレビにはまだリモコンがなく、電話はまだプッシュフォンではなく、テレビに映るアイドルたちが握るマイクにはまだ細く長い尻尾が伸びていて、でももう石油は高くなりはじめて、それからしばらくするとお化粧をした歌うたいが流行ったりして、そのへんから惚けてきているんだなあ。


14/NOV/01

森茉莉サイコー!「英国ヨオクの薔薇園で、神様のように優しい金持ちの主人に仕える園丁が丁寧に世話をして咲かせた、貴族の令嬢のレエスの襞のような、乳紅色の薔薇」的フレーズ満艦飾。当所の目論見どおり、乾いたおつむにこってりと保湿クリイムを擦り込むがごとく、濃厚に癒されております。なんたる少女的ゴオジャス、なんたる仏蘭西好き婆さん。バターを「牛酪」と書くところから弟子入りしたい。ビバ森茉莉。

二日ほど前から急に気温が下がってきて、昨日は最高気温が22℃あたりで「もうすっかり冬みたい!」なんてふざけていたら、本日はさらに寒い。夜には冷たい雨が降り始めておもわず震えるほど、15℃だとテレビは言うけれども、風が吹いていて体感温度は12〜13℃ほどにも思える。これは毎年書いていますが、そんな気温で寒い寒いと云うのは甘ったれているのではなく、「暖房がいっさい無い12℃の部屋」に一晩過ごすのは意外と辛いものなのでございます。おとといまでキャミ一枚で済んだはずが、Tシャツの上にフリースジャケットを着て背中を丸めている。

鍋焼きごはん(ポウ仔飯)を食べました。一人用素焼き小鍋に米と具(本日はしいたけと鶏肉ぶつ切り、ネギ)を入れて焼き蒸した、秋冬の食堂メニュウ。あつあつのところに醤油タレをかけまわすと、ジュジュジュと底のほうが焦げて、ほっこりと美味い。


12/NOV/01

ショック。左側一番奥の歯と歯茎が上下とも痛い。かなりショック。

どうも沼っぽい秋になりかけている。これはやはり生活に艶が足りないからではないか?断固としてエロティクが足りないのではないか?ていうか全然欠乏してるじゃんアタシ!と、ひとり拳を握りしめ、古本屋でエッセエ集「私の美の世界」(森茉莉/新潮文庫)なぞ買う。買ったはいいが、それを香港人でごった返すラーメン屋のカウンターでぼそぼそとソバメシなぞすすりながら読んでしまう段階で、もはや人生は取り返しがつかないのである。

ごたぶんにもれず、森茉莉と言えば「枯葉の寝床」を汗ばむ指の隙間から流し読みしただけのしょぼくれたガキでした。エッセエなので小説ほどではないのだろうけれども、やはり並んだ漢字の字面だけでも十分に四谷シモン+高畠華宵のぬり絵な世界で、まあ眩しいことったらこのうえない。何かの鬼か魑魅が跳梁跋扈していてたいそう美しい。そしてとてもエロい、病葉のように。うれしい。


10/NOV/01

「妹と一緒にお風呂」で検索してきたひとがいる。

夜になって起きた。先週と同じように5番のミニバスに乗ってCauseway Bayへ。香港島南辺のAberdeenから北辺のWan Chai/Happy Valleyへ抜ける暗い山道をぐるぐる縫うように走る路線、道沿いに続く超高級住宅地はどれも門のあたりに立派な守衛室があり、本当のエントランスへ続く敷地内道路がさらに闇の向こうに伸びていて、見上げるとカーテンの無い3階あたりの窓越しに豪奢なシャンデリアが慇懃に瞬いている、でも何故だかいつもいつも人気は無いんです。ときどきふいに止まるバスに乗り込んでくる、あるいは降りてゆく、それは全部フィリピーナのアマさん(お手伝いさん)。車内はタガログ語の囁き声でいっぱい、そうしてようやく人気のあるナイターテニスコートやらポロ球場やらをわき目に車が山の北側を下り始める、そのあたりから40階建てほどのマンションがざらざらと並んで、やがて霞んでぼやんぼやんした光の塊みたいな不夜城Causeway Bayに降りていくのでございます。今日はじめて口にした食べ物は香港そごう対面の小食屋の蒸かし焼売(立ち食い)、一串5個で90円。蒸かし焼売は魚旦(ゆぅだーん/魚肉ボール)と並んでどんな立ち食いスナック屋でも揃えている定番中の定番、ふつうは一串75円なのだけど、この店は少し高い。まあ新宿アルタ前みたいな場所なのでしかたがありません。


9/NOV/01

ひょんなところからタダ券がまわってきて、一昨日(11/7)、Coming Century香港公演初日@Queen Elizabeth Stadiumを見にゆきました。田舎の県立体育館か、ひょっとすると高校の体育館並みのハコなので、ステージは小さいわやたらと近くて眼が合うわで彼等の曲をひとつも知らない自分にはなんだか勿体無いことでしたが、まあなんでしょうか、ああいうお年頃のミバの良い青年にしか憑依(あるいは具現)しない艶やらエロ(ちょっとプラスチクぽい)やらサカサマ度ってのは確かにあるんだなあと思いをあらたにしたことでございます(ミヤケ君のエロ度爆発おねえさまダンス(←正直にストリップダンスと言え)に会場総立ち、このへんは日本も香港も乙女心に差はナイと思われます)。ちなみに日本からファンの皆さんがツアーを組んで大挙ご来港の様子で、終演後の会場前にはバスが20台近く行列してました。ツアコンと思しきおじさんが「明日は33台並ぶんだよ…」と虚ろな眼をして呟いていました。ハレルヤー。

お母さんのおやつ(゚д゚)ウマー。泣けるので全部読んでくれ。


4/NOV/01

2階建てバスの2階座席に座って外を眺めている時が、脳味噌の中で最も言葉があれこれ動いている今日この頃。朝と夜に違いはあまりない。視界に、空あるいは縦に長いもの(ビル)がざくざく入ってくるのが、何かこう脳神経的にちゃんと刺激になってるといいんですけど(このままいくと脳味噌のっぺらぼーになりそう)。

Causeway Bayでとんかつを食べた後、STARBUCKSでカプチーノ。香港SBUXのスタッフは全員えらく英語が達者です(学校英語ではなく、ちゃんとした西洋英語)。店舗展開も少しづつ進んでいる様子。カプチーノショートで350円は日本より割高?

「揮発性の」というフレーズ:
夜、バスに乗って山を越えCauseway Bay方面に向かう、ぶわぶわと霞んで輝く宝石箱の中に降りてゆく錯覚を覚える道。車窓からふりあおぐ高級マンションの最上階近く、一面ガラスのその窓のすぐそばにルームランナーを置いて走っているシルエットが見える。あのひとは香港人だろうか英国人だろうか、もし英国人だったら家族はイギリスのどこかに住んでいるだろうか。もしそうであったら今度私がイギリスに旅した時に、偶然彼の家族と隣り合って地下鉄のシートに座る可能性がある。しかしそれが現実になったとして、そこにどんな「意味」があるのか。ほとんど無い。でもそれは「無い」のか?ほんとうに無いのか?と考えて思った、それは「ない」のではなく、「筆で塗ったのに肌からすぐに揮発してしまう」ように、「すぐ失われるくらい」に「薄い」のだ。世の中はそんな風に脆く儚いつながりばかりが繭のようにこんぐらがっている。すぐに揮発してしまう「何か」が36億本の筆で毎秒誰かの腕に塗られている世界。追いつくまもなくバスは底へ降りてゆきます。


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