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xgag's
南 国 備 忘 録
Nothing related to South China Sea regional/political issue.
Written in Japanese only.
diary index

31/JAN/01

半期に一度のエクセル地獄に突入。数字に味があって、見るだけでいろいろ舌で味わえたらずいぶんおなかがいっぱいになるのに。

『十字軍』はようやく第1回十字軍がエルサレムを「解放」したところ。旅の途上で虐殺やら強奪やらしているし、あるいは殺したイスラム教徒の屍肉を食べたりした一団もあったとあるが、はて「異教徒」てのはいったいどこまでの意味があった(ある)んだか、無信心に限りなく近い自分には今イチどころか今ハチぐらいはピンとこない。

Classic FMのCMで、イギリス人の男女がドイツ語?の発音練習をしている風景描写がある(何のCMなのかは忘れた)。その単語は「くりっひゃうふへん」と聞こえるが、その「っひゃうふへ」がのどをひっくりかえして息を吐かねばならないのを繰り返していて、男が音をあげると女は「あら、じゃあこれはどう?」とウェールズ語の「うすかヴぁー」を紹介する。男は「はへえ?」と笑うのだが、女が真面目に意味を教えるので、素直に「うすかばー、う、うすか、ばー。ばー。」と練習する。この「ばー。ばー。」があんまり可愛いくて、毎晩うっとりしているんです。<オチなし

本日の利是、三包。非常多謝。


30/JAN/01

連夜の夜更かしで顔もからだも亡者化しているがキモチ的に(む、「的」が出た、これは注意)は“幸せなゾンビ”です。

粉末を直接お湯に溶かして飲むタイプの煎茶をもらった。日本茶に限らず、おしなべて茶はからだに良いと云うが、液体の茶のみならず茶葉そのものもビタミン豊富であり食べてもよいとの由、それを商品化したものでござろう。ためしにいれるとまさに抹茶のごとき濃い緑がいかにもヴァイタミーン!で、昨夜あたりから喉が痛くなってきたこともあり風邪予防にとせっせと飲んでおります。が、あんまり濃すぎると頭が痛くなりそうでもある。(突如農夫ガンビー登場)濃すぎ薄すぎはよくねえって。なにごとも塩梅っつもんがあるがね、こいつをコゥとうまくやらねぇとろくなことにゃなんねえ。まあ、たまぁによ、野暮とわかっちゃあいるが濃すぎて息もできねぇようなのも、いっちたまらねぇがなぁ。うひひ(山高帽の紳士に剥き身の鶏で攻撃を食らい昏倒)

お正月用電球飾りはまだ点灯している。今週いっぱいぐらいか。本日の利是は二包、多謝多謝。


29/JAN/01
しっぱい→Entertainment更新。1/24にアップしそこねていた分(素で脱力)。

旧正月が明けて初の出勤、職場に到着した途端に利是(らいしー/真っ赤なポチ袋入りのお年玉。既婚・年配・上司→未婚・若輩・部下に配られる)を合計六包もいただく。やれ有難い、これで今月の残りはなんとかしのげます。その後、韓国某大企業輸出スタッフの「ぎゃーごめーん!またスケジュールまちがえちまいましたー!もーほんと死ね俺っていうかー?すんませーん!」なビジネスメールに思わず心和む。Kill myselfとまで云わなくてもいいのよぼうや。ていうかほんとに死んでもらう場合はどこの会社もそんな悠長なメールは出させんわごるァ。

どうも目が活字の上を滑ってしまうので、『中世の星の下で』を中断し、図版だらけの『十字軍』(ジョルジュ・タート著/池上俊一監修/創元社知の再発見双書)にしてみる。最初の十数ページ、11世紀のアナトリア半島でアラビア人とトルコマン人がどうしていたか、なんてあたりでまだフランク軍は出てきていない。序文において監修者は、十字軍の現実はたしかに野蛮で残忍な愚行の積み重ねであったが、これを進軍し唱導した人々はその一方でカテドラルを建て大学で諸学を発展させたのでもあると述べている。↓

明るく健康的な文化と社会を築いていた善良な人間に、たまたま魔が差して、十字軍の愚挙を企ててしまったのではなく、いずれもヨーロッパ中世の文化と社会の根元から滋養をえて結んだ果実であり、同じメダルの裏表であることを認識すべきである。(p.1-2)

それで思い出したが『中世の星の下で』(阿部謹也著/ちくま文庫)では著者がこう云う。

人間と人間の関係の一方の極には人が人を裁き、殺すという関係がある。殺人や暴行のことではなく、仲間団体の合意のうえで裁判を経て処刑が行われる事態がある。他方に人間と人間が睦まじく暮らす関係があり、この二つのまったく対立するかにみえる関係はひとつの関係の両極に位置しているにすぎない。(p.137)

なんとなく肉でできた巨大な帯のようなものを想像する。もしくは須弥山の砂利を拾ってみたら人間だ、みたいな(ちょっと突拍子が無さすぎか)。あるいは、たまたまでもなく特別でもない愚行、edgeとedgeをつなぐ巨人=血あるいは地(ありふれた・いつも渡る交差点のような)もの。


25-28/JAN/01
memo→洗濯したら、ちゃんと乾すこと。その際、しわが出来てもよいものはあまり引っ張りすぎずに素直に衣紋掛けにかけるべし。アイロンは糊をきかせ過ぎないのがよい。柔軟剤は睡眠用思考にのみ用いるとメリハリが効いてよい。

正月休み終了。懐が寒くなるのは覚悟の上だったが、気温も寒いのはいささか身に凍みた。休みの間は一冊だけ『百物語』(杉浦日向子/新潮文庫)を再読、恐怖が宿らない怪異そのものの妙味。某処よりパキスタン北部の桃源郷と呼ばれるフンザへの旅に誘われ、無理と知っていていてもなお悩む。考え事のタネが他にも多々有り、寒いうちに決めてしまわねば・発してしまわねばと理由無く焦れているところです。しかし心を決めるというのは、冷たい氷を抱いて熟考するより、いっそ燃える空気に胸やら喉やら圧せられ思わずぺぺっと吐き出す方が力もせつなさもあると思うが、如何。

頭のどこに釘を打ち込むと痛みが和らぐか知っているひとはそう多くはない。知っていても片方の手を切り落としてしまっていては釘打ち器がなくてはかなわない。どっちも揃っていた彼は幸運ですね。でも自分の手首から先が目の前でぼとんと落ちるシーンってどうですよ。咄嗟に見るのはやはり切り口で「ほんとに骨が通っているんだなあ」と思うだろう、と思うけど。

生ぬるい霧のおかげでカラダの内側が冷えてしまう日と、寒波で空気が冷たいムースになる日が続きましたが、数日後には香港も若干暖かくなるとのこと。もう冬には飽きてきたのでいっそ一気に夏になってほしい。でも利是(らいしー/お年玉)がもらえるので今週いっぱいぐらいはお正月でもいいな。


22-24/JAN/01
memo→記号を複雑にしてゆくこと。種を得ること。贅沢とは何かを知ること。

恭喜恭喜! 24日は農暦新年元旦。晴れて蛇年となりました。

真夜中の翡翠台(広東語)が昨年末の紅白歌合戦を中文の全訳歌詞テロップ付きで編集放送している。しかし北野武を「此度武」とするようではまだまだなってないぞTVB(あるいは北野武がまだまだなのか)。隣家の玄関先にある地神の赤い神棚(床に置いてあるので棚ではないが)で今宵は特大のお供え線香が焚かれていて、扉をくぐって煙と香りがこちらの室内にも漂ってくる。香港のマンション団地の構造上よくあることだが共通廊下には窓が無いので、扉の外は真っ白だ。火災探知器なぞという洒落たものはもちろん設置されていない。

23日は除夕(大晦日)というのに、あるいはだからこそか、北京の天安門広場で法輪功のメンバーと目される数人が焼身行為に及びひとりは亡くなったと云う。まだ本物のメンバーかどうかわからないらしいが、いずれにせよ天安門で自ら求めて身に炎を灯すとは、12年前のあの6月にすら起きなかったことではなかったか。

Entertainmentを少し更新しました。

当地では全面的に禁止されているはずだが、それでもどこかで盛大に爆竹を鳴らす音がする。湿気がとても高く、香港は白い霧にくるまってほとほとと南シナ海に浮かんでいる。お正月休みは土日を入れて全部で5日、ここの更新もちょいとお休みいたします。


21/JAN/01
vu-video→仕立て屋の恋(枯れた色/乾いた血の色にきれいな香水・3面のうち2面を黒く覆われた鏡と暮らす男/女性と男性で感想が132度違う場合残り48度は永遠に失われるであろう)

深夜、明珠台(英語)で放送されていた「Michael Palin's Hemingway Adventure」を偶然に見る。ヘミングウェイの生涯の足跡を生まれ故郷から亡くなった街まで実際に辿ってゆく紀行もの。Michael Palin自ら企画した番組だが、さてイタリアのどこぞの男爵を訪れて早朝の鴨狩りの段、ヘミングウェイもそうしたように凍りつく芦原の片隅に身を隠して鴨を狙うが、そううまくもゆかぬところで同行の男爵が鴨笛を「ぶがー」と吹いた途端にぎょっとそちらをふりかえるPalinの、そのみごとなひょっとこ顔があまりに「Michael Palin」な表情で、思わずああ香港にいてよかったこんなMikeが拝めるなんて冥利に尽きる、とうっとりしたことである。完全に鑑賞の方向がずれています。他に見たものはアニメ『遊戯王』と『金田一少年の事件簿』だが、声優の絶対数が少ない香港において広東語吹替版は誰も彼もが同じ声をしており、飽きが早くくるのはいかん。

昨年12月(12/3-4)にふれた謎のメルマガ発行人くんからのメルマガ第1号がちゃんと届いた。少なくとも有言実行のひとではあったらしいが、彼はこのメルマガ発行によって「ネットの世界でのヒーロー的な存在になり」たいそうです。いっそ見守ってみようかと思わせる超ポジティヴドライヴ指向、これがもしや21世紀なのか。そうなのか。

胃が重い。コーヒーばかり飲んだから。違うわ月曜日が来るからよ。


19-20/JAN/01

香港に来て数年、アルコールを摂る機会自体は東京時代に較べてかなり増えたが、もっぱらビールや紹興酒やワインばかりで深酒に及ぶこともなく、もともとそれほど酒に強くはないのが更に弱くなっているのかもしれない。金曜夜、ビール3本に鶏尾酒(←カクテルの中文)2杯を呑んで帰って自宅のドアを開けた時点ではどうということもなかったが、着替えているうちにあっというまに酔いがまわってアルコール加水分解に土曜の3/4を費やしてしまう。まだ頭がきしきしぎりぎり唸っていてだいぶ機嫌が悪いです。カクテルと云ってもソルティ・ドッグで(自分はこれしか呑めない)、度数はどれくらいなんだろうか、わからない。今夜は取引先の業者さんの忘年会パーティでタダメシをいただく予定だが、お酒は控えめにしよう。

中華圏の宴席で「乾杯」と誘われた場合、相手と同時に杯を一気に乾して逆さに振って見せねばならないが、これを何度も仕掛けてくる相手はむろん猛者であり、いつつぶれるかいつつぶされるかを積極的に楽しんでいるようだ。香港人男性で完全な下戸はあまり見かけないが、酒そのもの(あるいは酒席のノリ)が嫌いであえて呑まずにいるひともいないではない。女性は、わたくしの経験した範囲ではきっちり呑めるタイプとまったく受けつけないタイプに分かれるように思われる。呑める女性はザルを通り越してワクである。酒など舐めたこともないような顔をして、おまえの肝臓は何ガロン仕様じゃい!と相手の男が泣いてすがりつくような呑みっぷりを見せるひともいる。それでも艶っぽいまなざしで「飲杯(やむぷーい)」と誘われたら呑まずにおられぬおとこのひとは可愛いが、むろん彼がつぶれても宴席はそのまま進行し、お開きになれば彼女はさっさと帰ってしまい、男は円卓につっぷしたままほうっておかれるのである。

岩を食べると、歯が折れることがあります」。このラベルをめぐる訴訟コントをぜひ若かりしジョンとエリックで希望。

追記:宴席の会場ではささやかな賭博も行われ食前からどんどん酒も供され、毎年のことながらにぎやかなことこのうえないのだった。まだ頭の痛みは晴れていなかったが、もののはずみでウィスキーをいただくことになる。ウイスキーやブランデーは普段は一滴も飲めない。人生における大いなる損であるのは承知しているが、どうもあの香りが苦手で、グラスを顔に近づけただけでヴッとなるのです。が、不思議にも今夜はオンザロックで半グラスはいただけた。バランタインの30年ものだそうです。それにジョニーウォーカーの青ラベル。赤と黒だけかと思っていたら青もあるんですね。壜もきれいな青碧でした。加えて食事が始まるとチリの赤ワインもがんがん流し込む。結果、頭はまだ痛いままです。どうにも酒くさい週末だけど、歳末だからよしとしよう。


16-18/JAN/01
memo→写真と記憶はどちらが「正確」か、またどちらが「本当」か。正に自分の手が触れたそのひとのからだの「記憶」はしかし見知らぬ(むろん永遠にふれることもない)誰かのカラダの「写真」に較べていかにも輪郭がぼやけ色すら曖昧である。このぼやけは止まらない、背景との同化が永遠に進行する、ひとのかたちの染みになってゆく。「本当」はただ染みからのみたどるべきものになる。

正月を前にあれこれと仕事が微増してきて残業が続く。昨日は久しぶりに深夜0時までオフィスに居残り、やれ帰るかと戸締りをしてエレベータのボタンを押すと反応が無い。防犯のため夜遅くなるとエレベータの作動を止めてしまうのだ。しばらく待っても動く様子はなく、もちろん同じ階に他人の気配は無い。映画のようにひたすらボタンを押してもうんともすんとも云わぬ。こうなったら不気味な非常扉の鍵を開けて10階分の階段をかけ降り、最後のドアを蹴飛ばしながら「救命呀(がぅめんあ)ー!開門呀(ほぃむんな)ー!」と叫ぶしかないか、と覚悟を決めたところで管理室の電話番号をメモしていたことを思い出す。マイノートよありがとう。

24時間営業の食堂に向かう途中、シャッターが閉まった写真屋の前で、赤茶縞のしっぽを揺らして白い痩せ猫が鳴いていた。いかにも寒い!と震えるほどではないが、なんとなく冷える、空気が鼻かぜをひいているような気配。四寶河(4種の魚肉ボール入り麺)をすすって元の道を戻ると、痩せ猫も誰かにもらったらしいごはんをぱくついていた。

正月まで一週間を切り、地元ブランドU2ではとうとう「1折(九割引き)」のポスターが登場。会社の前の通りはようやくまた電飾が点灯し始めた。ビルの入り口には吉仔(こぶりの蜜柑)を山盛りに生らせた植木鉢が並ぶ。穏やかな歳末です。


15/JAN/01

陳方安生女史の後継は旧正月明けに発表されるそうだ。仕事の電話でも「その件は正月明けてから改めて…」と云う免罪句?がぼちぼち聞かれはじめた。バーゲンも佳境、ついに身を売ったらしき香港そごうは旧正月大晦日は深夜1時まで営業と云う、でもまだ会社の前の通りは電球飾りが復活しない。

日本でもだいぶんな冷え込みのようで、それには及ばないが南国もやはり冷えてきた。郊外では最低気温10℃近くまで下がった模様、明日はもっと冷えるらしい。今宵はぜひにもふわふわもこもこの毛布がほしい、なにかに触ってすがって眠りにつくのは心地よいです、特によいアイテムはタオル地で厚みがあるがくたくたしたもの、あるいはもっとべつのもの。でもあと3ヶ月たったら冷房をいれずば眠れないような気温が戻ってくる、そうしたらくっついてはいられません。

深夜の疑問。「交尾」には避妊はありえないものでしょうか。


14/JAN/01
vu-video→The Thomas Crown Affair(レネ・ロッソとフェイ・ダナウェイにくぎづけ)

定期的にやっているように思える法輪功の大規模集会。毎朝通勤の途中で新華社香港支局(=北京政府直結機関)の脇を通る時、いつも彼らの激しく派手な黄色い垂れ幕を眼にする。新華社ビルと道を隔てた対面に、たいがいいつも数人が白いトレーナー姿で陣取っている(陣を張るような場所にはとても見えない小さいわき道だけど)。大声をあげるでもなく、ただ毎日座り込んであれこれエクササイズを行っているのか、そばに行ってみたい気もするがそれでは会社に遅刻する。

髪を染めた帰りに古本屋に寄ってみたが何もみつからず、レンタルビデオ屋でやたらと迷った末に『トーマス・クラウン・アフェア』と『仕立て屋の恋』を借りて、ごはんを食べながら『トーマス』を見る。深夜0時過ぎから翡翠台(TVB)でKinki Kidsの「Love Love 愛してる」が広東語吹替で始まる、篠原は広東語でもぜんぜん違和感が無い。裏の本港台(ATV)はアニメ「金田一少年の事件簿」、むろん広東語。湿度76%、乾燥注意報発令。ここのところずっとぬるい気温が続いて旧正月用の花がもう開き始めてしまい花屋さんは困っているらしいが、明日あたりからこの冬一番の冷え込みになるとの由。

山には眼も鼻も腕も無い、それにあんなにも動かないのに、なぜ人格を感じるのか。山がある、と云う時の「ある」は、限りなく「いる」に近いと思う。


12-13/JAN/01
vu-video→The Straight Story(アイオワとウィスコンシンはどこにあるか・じっとだまって考えることの凍えと快楽・秋に美しいものは畑・季節が人を過ぎるのではなく、人が季節を通り過ぎてゆくのである)

体調はなんとか復活のカーヴに乗り、鼻の下の皮膚もようよう新陳代謝が行われてありがたいことです。しかしこうしてかさぶたが治ったり傷が薄くなったりするのはじっと見ていてもどこがどう動いているのかさっぱりわからないが、いったい誰が自然に治るように細工してくれたのか。ずっと昔のみんなのおかあさんでしょうか。

『明るい部屋』を読み終えて最も印象に残ったのは次の段落。

写真とは文字どおり指向対象から発出したものである。そこに存在した現実の物体から、放射物が発せられ、それがいまここにいる私に触れにやって来るのだ。(中略)私は、かつて存在したものがその直接的な放射物(その光)によって実際に触れた写真の表面に、こんどは私の視線が触れにいくのだと考えるとひどく嬉しくなる(あるいは暗い気持ちになる)…
(『明るい部屋〜写真についての覚書』ロラン・バルト著/花輪光訳/みすず書房 p.99-100)

光はレンズとフィルムと化学作用と印画紙を経由して彼とわたくしを“実際”に(practicalに)結びつける。彼が発した光の波をレンズがフィルムに塗り、フィルムが印画紙に焼き付け、印画紙がそれを反射し、彼(が発した光)はわたくしにさわる、わたくしが彼の指にそうすることを望むように(あるいは望まないように)。ではデジカメの写真はどうだろうか。光はレンズを経て電子記号になり、それはCTRや液晶画面で画像に還元され再び光になってやはりわたくしの網膜に届くが、それは既に三原色に分解されてしまっている。それでも電子が正直なら(嘘つきな電子なんているの?)何かが彼此の間に結ばれるのか。では火星や北極で彼を撮ったら磁場が影響して結ばれ方は違ってしまうのか。腕いっぱいに磁石を抱いている彼を撮ったらどうかしら。もし彼が全身から凄まじく放電していたらどうかしら<どこの惑星のひとですか

次は『中世の星の下で』(阿部謹也著/ちくま文庫)、著者は中世ドイツの研究で有名な方らしい。読みやすい短編稿ばかり、石・星・鐘などをモチーフに中世欧州の暮らしっぷりが描かれている。何故か騎士団とか修道院とか魔女とか教会とか石細工とか錬金術とかハーメルンの笛吹きとか、まあ一切合切あのへんが妙に好きで飽きないが、あんまりトランプの札が多すぎてめくり終わることはない。

中国返還前から政府要職に在り、返還後も施政司(官房長官みたいなものか)に就いていた陳方安生[アンソン・チャン]女史が39年の公務員生活にピリオドを打ち、遂に辞職。北京政府のおぼえめでたき董建華おじいちゃん特首(特別区の首相みたいなもの)よりも地元でははるかに人気があり、たぶんそれなりの政治的信念と知力と常識を備えた人だった。さて誰かは知らんが後任はさぞ辛かろう。変な云い方だが、これでまたひとつ香港から英国の名残が消えた気がする。

Entertainmentを更新。倉田カモン!


11/JAN/01

あまりのかったるさに我慢できず会社を休む。たまにこうして休むことが出来るのは雇われ者のささやかな利点である。夕方までじっとり寝込んでから活動開始するも、夜半になってもまだだいぶんにだるくて困る。使い捨てコンタクトレンズをケチって眼鏡で過ごしているからか。マイめがねは、あまりに近視の度がひどくレンズが重いので、かけているとだんだん気持ちが悪くなってくる悪魔の眼鏡なのだ。むー。

ビデオでこの正月にNHKで放映された『世界百名山』を見る。山の映像そのものや高度9000メートルの上空で行う撮影のしんどさもさることながら、エベレストを撮影する拠点となったカトマンズの街の情景に惹かれてしまう。どうもどこかにぼうっとしに行きたい欲が嵩を増してきているようで、しかし香港の街はそうするにはあまりsuitableではない気がする。ただし、訪ねていったその場所が、ぼうっとしていたら一日経ったのか一週間経ったのか、あるいは一ヶ月か十年かもわからなくなるような場所だったらどうしようか。←ちょっと嬉しそう

蛇年にこんなことしてばちが当たらないといいが。


10/JAN/01
vu-video→Cookie's Fortune

ロラン・バルトもはなをかみ過ぎて鼻の下ががそがそになり「嗚呼痛い…」と泣いたことがあるだろうか。フランスのティシューはどれほど柔らかいだろうか。鼻が痛いてのは現象学的にどう云うのだろうか←その前にメンタムを探せ

久しぶりに寒冷警報マークが出るが最低気温は14℃程度。昨夜月がああも煌煌と輝いていたのはこの寒さの予告だったか。でも夜はまたなんだか「ぬるい寒さ」に戻ってしまった気がする。

しばしば言い間違える言葉があります。
(1)シュミレーションとシミュレーション
(2)マニキュアとマニュキア
どっちを云ってもとっさに相手は気づかずそのまま話が通じることがほとんどです。ぜひ試してみてください。

ビデオで映画『クッキー・フォーチュン』を見る。アメリカ南部の小さな平和な町が舞台。復活祭を目前にしたある日、おそるべき「偽装殺人事件」が発生する。やがてそこここから「嘘がなければ暴かれなかったほんとう」が現れ、くるくるとまな板に乗っかって、なまずみたいにかっさばかれてゆく。ところどころにびりっと顔を出すブラック&シニカルな笑い(と伏線)、全編に流れるブルースもたいそう心地よい。


09/JAN/01

夜明け前にぼんやり熱が出たらしく、寝汗をかいて目がさめた。くしゃみはおさまってきたけれど、のどがいがらっぽくて鼻の奥が痛い。でもこれは風邪のせいばかりではなく、空気汚染のせいもあるかもしれない。今朝のSouth China Morning Postの一面は、真っ白に濁った大気に溶け込む摩天楼の写真。昨日は風が凪いだことも災いして過去9ヶ月で最悪の汚染度だったとの由。でも今宵はびっくりするほど大きなお月さまがばちばちっと輝いていたし、星もふたつばかり見えました。

今年は断然ロケットだと思う。←唐突ですがわたしの中ではさほど唐突ではない。昨年ぐらいからほぼ四半世紀ぶりに理科好きが復活している。ロケットって変でしょ。あの変さがいいです。怖いし。

針で突き刺されるような感じ(プンクトゥム?)と共に、しかしざらざらと大量に落ちてきたものがある。自分に関して何かが「わかる」のは「理解する」と言うより「判る」に近い気がする。分解するのではなく、解釈するのでもなく、量や重さをある日急に測ってしまい、ただ判じるのである。


08/JAN/01

風邪をひきどうにも鼻がつまって難儀する夢を見て目覚めると、やはり鼻がおかしいのでした。終日くしゃみが止まらない。天気予報ではお日様マークが出て最高気温21℃なんて云っていたのに、すっかり曇って薄ら寒いし冷房は効いているし、絶妙のコンディションずら。

そうか、るみちゃんちは「ういろう粥」なのカー。しろくろまっちゃあずきこーひーゆずさくら、7つの味がそろって素敵だけどちょっと甘そう<てゆーかFreeBSDの方がたくさんいらしてどきどきしました。るみをばぶるの日。

名古屋出身の上司N氏に聞いたところ、ういろうはお米で作るんだそうで、それは初めて知りました。曰く「餅と羊羹のまんなかくらいの存在」と。餅と云えば、今日は元朗の老舗「恒香老餅家」の「老婆餅(ろうぽーべーん)」の差し入れがありました。老婆餅と書いても“ばあさんもち”にはあらず。老婆=奥さん、餅=ケーキ(あるいはクッキー)、つまり奥さんのケーキ=ご家庭風味のお菓子の意。ちゃんと菓子舗が作るんですが、外見はいかにも素朴な手作り風で、たいがい直径7〜8センチの平べったい丸型、外側はパイ風生地(焼け目が焦げて割れているのもある)で、中には餡を入れます。今日のはもちもちした白いういろう状の餡が入っていました。かなり甘いし味が素朴(やや単調)なのでそうたくさんは食べられないけれど、なんというか香港のもっとも「地元」なお菓子のひとつです。セブンイレブンでも売っているくらいポピュラーなのです。

『写真についての覚書』を引き続き読み中。「写真」そのものについてよりも、「写真」と「映画」の相違や「テクスト」と「写真」の相違について述べられている繋ぎの箇所が面白い。後者の「テクスト」を「WEB日記」に無理やり読み替えて苦笑いしてみたり。「写真」は銀から生じて印画紙に写されやがて消えてゆくものだ、と書いたバルトはもう20年前に亡くなってしまって、デジカメの写真をどうとらえたのか知り得ないのがちょっと惜しい。

かみすぎて鼻の下をひりひりさせながら帰宅する頃にはほんわかとてのひらが暖かくなって、目の裏にはじわ〜んとなにものか滲んでくる気配が。あんまり久々なので堪能しています。喉が痛くなったり熱が出なければいいな。


07/JAN/01
memo→読みたい本『オルレアンのうわさ』(エドガール・モラン著/杉山光信訳/みすず書房)
memo→1年前のおまけファイル「kanji」を発掘。

モランと云えばおさびし山に住んでいて、トフスランとビフスランをかちんこちんに凍らせちゃったイキなやつですが、上記のモランさんは全身紫色で妙に鼻が長かったりはしないようです。

とてもシンプルでわかりやすい七草粥のつくりかた、おいしそうですな。七草粥は食べられなかったけれど、白粥生活をしばらく続けないといけない局面に立たされております。すなわち今年初めて体重を計り、危機管理の重要性を改めて認識ちゅう…。野草でも、新鮮なのを刻んでごま油で炒めてちょいと醤油をたらして炊きたての白飯に乗せたらなんだか“にがしょっぱ”くておいしそうだ(できませんが)。ところで七草の名前、どうしてもセリとナズナしか覚えられない。どうかするとオオバコなんて云っちゃいそうです。

閑話休題。ロボット検索でここに迷い込んでいらっしゃる方のキーワードベスト1はいまだに「ニューハーフ」なんですが(すみません全然違う趣旨の頁で)、最近はどうもえっちな言葉が増えてきたようで面白がっています。しかし「巨乳アニメ」で検索するのはまだいいとしても「睡眠レ○プ」はいかがなものか。こんなの検索するボクはいったい何を考えているんでしょうか、自分も六本木で悪いことをするつもりなんでしょうか。いいから睡眠だけにしとけ睡眠だけに。

日本は三連休なのですね。香港の次の連休はお正月休み、あと2週間と少し。


06/JAN/01
vu-video→特警新人類(GenX Cops)

たいへん久しぶりにテレビを見る。土曜の夕方、地上波は競馬中継に広東語吹替の『おじゃる丸』と『忍たま乱太郎』、中文字幕の韓国製ファミリードラマ(「KOREAN HOUR」)。一家そろって美術館に行くと約束した直後に仲間からのゴルフのお誘いにころっと転ぶお父さん、「これだから男って!」と怒りまくるおかあさん、冴えない長男と気のつよい嫁…という構成は日本の昼ドラとそっくりかも。衛星放送STAR TVの体育台は延々とNBL中継(北京語)で、二の腕に漢字で「勉強」とタトゥした選手がいた。鳳凰台はゲーム紹介番組『電玩帝國』で、育成型アクションゲーム「剣豪」のメーカー担当が日本語で宣伝中(中文字幕)。台湾出身とおぼしきVJの喋りによればドリキャスは「DC(ディーシー)」、プレイステーション2はそのまま「PS2(ピーエスツー)」と呼ばれている模様。その後は台湾のバラエティ番組、うら若き女性がプロのメイクによって華麗に変身するさまを「化粧前/化粧後」で検証する構成はなんだかやけに懐かしいノリ、80年代のフジテレビか。なぜか受信できる中国中央電視台CCTV-4は新年番組「dao xi bu qui/到西部去」が終わるところで、西夏王朝の美女?に扮したモデルがたいそうゴージャスな(意地悪く云うと奇妙奇天烈な)衣装をまとって登場、紅衛歌オペラ歌手が朗々と西部開拓賛歌を歌い、最後はスターウォーズのテーマソングが流れて喜色満面・瞳に星満載の司会者が「新世紀おめでとうー!」。この混沌さ加減がいかにも西部であることよ。

結局どれもピンと来ないまま定時ニュースを見、あとはのりまきをもぐもぐ食べながらビデオで『特警新人類(GenX Cops)』。仇役の仲村トオルと呉鎮宇のあまりの艶っぽさに主演の3青年の魅力がかすむことかすむこと。特に呉鎮宇がフェロモン出しまくりで大変によろしい。ついでに久しぶりにEntertainmentを更新。

ある日大災害が起きて、多くのひとが生き埋めになってしまったと仮定する。救助隊はあとひとりしか助けられない。瓦礫の下にはおじいさんと幼い男の子がいる。おじいさんは世のために粉骨砕身して働いてきたひとで「男の子を助けなさい」と云う。救助隊は苦渋の選択の末に男の子を救出し、おじいさんは亡くなる。無事に助かった男の子は長じてささいなことからどうしようもない犯罪をくりかえすひとになり、やがて捕まって死刑になる。さてこの場合おじいさんの行為は無駄だったのでしょうか。て云うか、無駄ってなんでしょうか。


05/JAN/01

香港の暦でも今日は小寒です。夜分は風が吹いて薄ら寒くなることもあるが、今夜は23時を過ぎても気温21℃。しばらく雨が降っておらず、おひさまに暖められた空気がそのまま濁って生ぬるいままもよん、としている。にもかかわらずオフィスの中が酷寒なのは一年中ついている冷房のせいで、みんな「好凍呀〜(ほうどんあ〜/さっむーい)!」と云いながら冷房を弱めはするが、止めることはない。

香港にはインド系の方が大勢住んでいます。昔むかしの大英帝国時代のなごりか、銀行の守衛さんはたいがいライフル銃を携えたインドなお顔の方。中には守衛の制帽ではなくターバンを巻いていかにも「護衛のアブドラさん」なひともいるし、仕立て屋(テイラー)もたいへん多い。今朝はバイクにまたがり颯爽と出勤中のおじさまを見かけました。鈍いエメラルドグリーンのターバンがすてき。しかし香港の交通法規はターバンをヘルメットを代替するものとして認めているのか疑問が浮かぶ。あるいは、
(1)実はインド政府の特殊機関が開発したターバン型ヘルメットを秘密裏に試験運用していたんじゃないだろうか。
(2)ワトスン君、きみもずいぶんな夢想家だね。彼はヘルメットの上からターバンをぐるぐる巻いていたのに決まっているじゃないか。
はてさて謎は深まる。(「インド模様の皿」おわり)

戦国時代には戦果の証として敵将の首を切り落とし持ち返っていたとよく読む。戦場ではそう悠長にしていたわけではないだろうから、おそらく包丁一本を武器として、たった10分の間に成人女性ひとりを殺害の上その首を切り落とし逃走することも可能なんだろうけれども。なんまんだぶ。

銘酒『越の寒梅』を思う存分いただく機会に恵まれたが、どうもいただき過ぎた予感がする。肝臓フル回転ちゅう。


04/JAN/01

尖東(Tsimshatsui East)のクリスマス電飾はようやく一休み、農暦正月用の柄にお召し換え中。ちかちかぴかぴかに慣れた目にはやや街が暗く見える。この時期、年末から旧正月前までは冬物バーゲンの季節で、地元ブランドのショーウィンドウには「40%オフ」「全品半額」などの張り紙がこれでもかと貼りつけられている。しかしどこもあまりにぎわっている様子はござらぬ。景気づけにセーターでも買おうかしら、とある店に入ったら、日本からツアーでやってきたと思しきおばさまが千円札を一枚片手につまんでびらびら揺らしながら「これは使えないの?ねえちょっと使えないの?」と日本語でごりおし中で、びびって逃げ出しました。

2002年のサッカーワールドカップのロゴは「2002 FIFA WORLD CUP」の下に「KOREA JAPAN」とデザイン文字が並んでいる。別に「KOREA JAPAN」に不満があるわけではないがどうして「JAPAN KOREA」ではないのかと云えば、どう見たって「K」は右を向いているし「J」は左を向いている文字なり。そっぽを向いて並んでいるより、向かい合っている方がよい。

チョーヤの蜂蜜梅酒をナイトキャップにしたら虫歯になるかしらん。


03/JAN/01
Without the ocean, we cannot go on, inside the ocean, we cannot live on. Nowadays we have handreds of airplanes fly over thousands of miles, but we never come over only a hundred feet if there is only the water. How we can deal with the fact, dear.

前夜は胃痛がひどくてなかなか眠れなかった。夢もよく覚えていない。初夢は正月2日の夜に見たものを云うのだと親に習った気がするけれど、ひとによっては元旦の夜の夢だとも云う。どちらにせよ、覚えていないのは残念だ。覚えていても厭な夢ではけちがつく。そこで皆さん、「覚えていられるよい夢を見たら、それを初夢に」する運動はどうでしょうか。

『写真についての覚書』の続きをめくっていたら写真と俳句の相似について触れられていてびっくりした。memoを兼ねて引用しておこう。

人を欺く言葉の罠――《写真を現像(デヴロッペ)する》と言うが、しかし化学作用によって現像(デヴロッペ)されるものは、実は展開(デヴロッペ)しえないもの、ある本質(心の傷のそれ)である。(中略)この点で、「写真」(ある種の写真)は「俳句」に近いものとなる。なぜなら、俳句の表記もまた、展開しえないものだからである。(中略)「写真」と「俳句」のどちらについても、激しい不動の状態、と言うことができるであろうし、またそう言うべきであろう。ある細部(ある起爆装置)によって爆発が起こり、それがテクストの、写真の窓ガラスに小さな星形のひびを入れるのだ。「俳句」も「写真」も、《夢想》をさそうものではない。
(『明るい部屋〜写真についての覚書』ロラン・バルト著/花輪光訳/みすず書房 p.63)

「激しい不動の状態」には傍点がついている。ちょっとぞくっとした。

大逃殺』。香港で今週末から封切予定の邦画につけられた中文タイトルです。原題はカタカナだけど、ぶっちゃけた話こういうことでしょ?というラベルのようなタイトルじゃのう。日本ではなにやら世間が喧しいらしいけれど、香港では有無を云わせず「三級片(18才以上指定)」。「楽しむ映画」が人気を博す香港では、こういう映画はオトナのためのものなのだった。


02/JAN/01
vu-video→ロッタちゃんと赤いじてんしゃ(残り半分)/海の上のピアニスト(神さまのピアノについて・鍵盤の数について)
memo→「手塚・藤子・永井・石森系列」という表現(野尻ボード)

もーーロッタちゃん激ラヴっすよ先輩。ヴィヴァ金髪おでこ美幼女。嫁にほしい。でもすぐ出ていかれちゃうだろうな。捨て台詞は「ばか!だいきらい!」(ただし絶対に「死んじゃえ!」とは言わない)。うーむ、いい。

結局、この休みは新聞以外に何も読まなかった。年明け初の読書は『写真についての覚書』の続きになりましょう。半分手前まで読み終えたところでは、デジカメで撮られたものも銀塩と同じ「写真」として著者の論旨に当てはめることができるように思える。一方で「小説」や「WEB日記」に置き換えて読むとどこが違うかをぼんやり考えながら読んでいます。文章と写真はどれくらい異なっていてどれくらい同じかしら、って、よく言葉遊びをするんですが、静的/停止的なものとしての部分を括って「文章・写真(絵も含む)組」を作るとしたら、動的/経過的なものの括りで「音・歌・踊り組」もできる?でも写真はどうも停止しているようにも思えない。切り取られたまま動いているように見える。いくつかの俳句もそう。

午前中はお天気がよく、ほっこりと暖かかった。午後になってやや曇る。昼過ぎに家賃を振り込みに銀行に行くと、ロビーに入り切れず外まで伸びるほど長蛇の列。いざ並ばねばならぬとなると大概の香港のひとは意外と辛抱強いです。あるいは、「うぇーい、ふぁいでぃーらー!(おーい、はやくしてくれよう)」と怒鳴ってだだをこねるのだけど、今日私の脇で大声をあげていたおじさん@龍の刺繍入りスタジャン着用はそのうち諦めて列を離れた。そんな時も「あーい、ざぅらざぅら〜(ちぇー、もう行こう行こう)」と大声で自分の不満を周囲の誰かれに表明し、嘆かわしく腕をふりあげ天を仰いでみせる。このように香港映画的演技をまったくの素でやるひとがけっこういたりします。


01/JAN/01
vu-video→ロッタちゃんはじめてのおつかい/ロッタちゃんと赤いじてんしゃ(半分)

明けましておめでとうございます。

なんとか無事に年が越せました。20世紀最後の晩餐は尖沙咀のアジトにて鯖の刺身にふろふき大根となす田楽でビール。蕎麦をすすったのち、年越しのVicotia湾を眺めにゆく。人が集まってくる場所のそこここで、若いおにいちゃんおねちゃんたちが、極細の透明プラスティックチューブに薄紫や黄緑の蛍光塗料を入れたものをどっさり抱えて「さぷまんさぷい〜(十蚊十二/10ドル12個)」と立ち売りしている。どうも香港人はこの手の蛍光塗料系グッズがお気に入りで、子供も大人も輪を作ってつなげて首にかけたり、腕や脚に巻いたりしてご満悦なのです。香港における蛍光塗料グッズ産業の実態を調べたらきっと面白いっすよ(俺はやりません)。さてせめて眺めのよいところに、と一年前と同じく尖東(Tsimshatsui East)の陸橋に登って見るも、もちろん海もビルも普段と景観は変わらない。それでもなんとなく集まってくる人たちが何千人かはいて、海沿いのプロムナードはぎっしりとひとの頭で埋まっておりました。昨年は、新千年紀到来と共に巨大なビル電飾の文字が1999から2000に早変わりする仕掛けを楽しめたけれど、今年はそこまでのものもなく、停泊している遊覧船の汽笛が唯一のそれらしき合図か。ちいさな拍手の渦がわき、一緒に手を叩いて納得。翌朝はNHKBSで中村勘九郎親子の九十九里浜での連獅子披露を見、よくわからないながら勝手にめでたい気分を満喫する。昼過ぎに銅鑼灣の日本料理屋で小さなお雑煮とミニマムおせちのセットに御酒をいただき、世間はもうただの休日モードに戻っている中、のんきな正月気分がとろりとろりと続きます。夕方ひとねむりして、夜食は春巻墨魚丸河粉をすする。気温は16〜20℃、うす曇り。まあまあの元旦なり。神さまありがとう。

今年一番目の映画はビデオで『ロッタちゃんはじめてのおつかい』。冒頭、ロッタちゃんの家の壁や塀が画面いっぱいに映った瞬間、そのにぶい赤と黄色がなんとも素直にわくわくする色で、ああリンドグレーン(原作者)の味わいはこれなんだよなあと思う。同じ作者の作品で大好きなシリーズ『名探偵カッレくん』も映画化されている。とても見たいけれど、スウェーデンは遠いなり。『ロッタちゃんと赤いじてんしゃ』は途中まで見て、のこりはおたのしみにとっておく。湖畔にピクニックに行く時、スウェーデンの家族は子供用救命ジャケットをちゃんとバスケットに入れていくみたいです。ロッタちゃんの救命ジャケットはキュートな真っ赤なのだ。


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