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南 国 備 忘 録
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31/DEC/00

イギリスのFMラジオClassic FMをネットで聴き始めて数ヶ月。17年の長きに渡り「うすみす」と脳内で音読していた本屋の名が「だぶりゅーえいちすみす(WHSMITH)」と読むのであったことを知る。大晦日を迎える深夜(香港では朝)のプログラムはどうやらラビ・シャンカールがゲスト出演している模様で「あの時ジョージはこう言ったんじゃ、ふぇふぇふぇふぇ」となにごとか語っているがよく聞き取れなかった。クラシックとラビで世紀末ってのはいい塩梅ではある。

Causeway Bayの時代廣場(Times Square)は毎年芸能人がやってきてカウントダウンが行われる場所のひとつ。夕方からものすごい人出で、仮設ステージのまわりは身動きが取れないくらいになっているのを見て、さすがにそわそわしてきた。今年の年越しは、去年と同じくVictoria湾を眺めながら過ごす予定。花火もなにもないんだけど。

xgagに置いておいたけれど、結局放ったらかしになっていたファイルをいくつか削りました。ちみちみと整理整頓してまいります。「china'91」は、1991年の中国貧乏旅行記ノートを発掘/編集公開する企画(のつもり)ですが、まだファイルはアップしていません。ていうかノートがまだ発掘されていません。がんばれ。

今年一年も、大きな怪我も病気もせず火事盗難にも遭わずまた仕事もクビにならず、たまに美味しいものをいただき面白い本を読み、会いたいひとに会って過ごすことができました。まことにもってありがたいことです。こんな微小雑記を毎度読みにきてくださった皆様、お名前を存じ上げております方もそうでない方も、ありがとうございました。来年もよければいらしてみてください。祝大家新年快樂!

and wish you have a very very happy new year, dear.


29-30/DEC/00

お願い:「景観者」という言葉の意味を説明してくださる方はいませんか。

「2000」という桁にようやく慣れたかと思うまもなく2001年、ついこのあいだVictoria湾に巨大な「2000」の電飾文字が映るのを眺めた元旦であったのに。この分では2002年は来年5月ぐらいにくるつもりでかからないといけない。すなわち体感速度1シーズン1ヶ月。春が1月。夏が2月。秋が3月で冬が4月。5月1日メーデーは元旦だ!めでてえ!

めでたくありません。

ところでひとつの人間の集団をふたつのカテゴリに分類する場合、男/女、20歳以上/19歳以下、日本国籍所持者/非所持者、海をなまで見たことがあるひと/そうでないひと、などなどいろいろな分け方がありますが、「朝になると用事が無くても自然に起きて活動開始するひと」と「寝ていて差し支えないならなら昼過ぎだろうが夕方だろうが寝ているひと」の区別もありだと思います。そして男が女になる手術があるように、寝坊を早起きに変える手術があってもいいと思います。(オチはありません)

と寝ぼけた頭で考えましたが、男が女になる手術を受けるのは個人ではどうしても変えられない物理的肉体的な違いがあるからで、近眼の手術にしろ自分でがんばって治るものなら誰もレーザーで眼を切ったりはしないわけです。また仮に染色体上における「朝起きられない遺伝子」の有無によってこの区分が生じているのだとしたら、いくら手術で脳みそをいじっても、きっとやはりわたしは昼まで寝ていると思います(やっぱりオチはありません)。

近所のスーパーで新しい歯ブラシを買った。店内の飾り付けが正月用のお獅子と爆竹の模型に変わっていた。尖東のビルはまだクリスマスの電飾に輝いているが、Causeway Bayのそごうは早々「恭喜發財」に模様替えしたらしい。お正月まであと25日。


28/DEC/00

働けるだけ幸せ、なんて云ってますが、むろん働かずに暮らしていければ更に幸せです。では、ふつうに筋肉が動いてファックスを送ったりコピーをとったり電話しているだけでも幸せとはナニゆえかと申さば、どうも最近不慮の事故でひとが亡くなるcase(場)をニュースで知ると、その光景が頭から流れ出にくくなっていて、たとえば雪崩とか原潜とかコンコルドとか、その「場」に居合わせる自分をずいぶん容易に想像でき、かつ想像してしまう癖がついたからです。そういう場にいる自分は全然覚悟が決まっておらず、どんな風に毛穴が開くのかなあとか、声は出るのだろうかとか考えている。このごろはどうも想像するだけに留まらず、ぎゅうんと回りのなにかがバキュームされていって、コンクリートを飲んだようなキになることもある。つまり、仮にそんな場で過ごす10時間と会社で忙殺されて過ごす10時間のどちらを選ぶかといえば、選ぶだけでもうくたくたになるくらい後者だよ、という、そういう「幸せ」です。あいすみません。

不穏な傾向かも知れないけれども、気分全体はすっかり隠遁モードでのんびりしています。若い頃のようにどっぷりじゃぶじゃぶとタナトス湖畔に溺れているわけではない。やれまあ昔はびしょびしょもいいところで、ずいぶん沼ったらしい青春であったことだ。

韓国の「農酒」というにごり酒を呑んだ(「のんちゅ」と聞こえる)。酸味の強いフルーティなさわやかなお酒。いくら呑んでも酔わなそうで、当然のように茶碗酒でござる。「美味しいですねー」という意味の韓国語をお店の人に教えてもらったのだけど忘れてしまった。みっそむにせよー?だったかな?香港に来てからずいぶん韓国料理屋に行くようになった。

インスタントラーメンパビリオン」!インスタントラーメンパビリオン!インスタントラーメンパビリオン!(オスカーが叩く行進マーチ所望)小池さん!小池さん!


27/DEC/00

香港の「お正月」はもちろん旧正月で、カレンダーは元旦の一日しか赤くない。今回は正月二日にお休みをもらうことにする。のんびりしている日を一日づつ増やそう計画。そしてまたどうでもいいことですが「いわう」の否定形の「いわわない」ってなんだか変でない?

『明るい部屋〜写真についての覚書』はおもしろい。どたばたして・ぐったりして、しばらく読めない時間が過ぎた後に頁をめくっても、すんなりと元の位置に戻ってたどってゆける。

忙殺されそうな年末、五体満足で働けるだけ幸せなり。


22-26/DEC/00

12/22は夜22時まで残業、23時まで焼肉。焼肉は本来そうのたのたと食べるものでもありませんが、あまりに急いで食べても美味しくないことを学習。続く12/23-26とクリスマス連休は4戦0.5勝3.5敗で惨死、まったくの犬死でからからと髑髏が笑うばかりなり、嗚呼ドロンジョ様。いったん食べ損ねるとずっと食べないでいる自分のからだがどうも他人のようである。尤も子供(と書いてガキと読みたい)の頃から自分が他人に感じられており今更どうもこうもありません。

湾仔の会議展覧中心傍の海っぺりにあるExpo PromenadeでHong Kong's Euro Christmasという夜間イベントがお正月2日まで開催されていて、観覧車が出たり欧州各地の大道芸人さんたちが見世物を行ったりと、ずいぶんな賑わいぶりらしい。しかしわたくしは現在来港中のモスクワ大サーカスを見にいきたいです。今日あたりはCauseway BayにあるVictria Parkにテント(テントですぞテント!嗚呼サーカスのテント!)を設置して興行しており、この後は郊外の大きな街(観塘・大圍・屯門など)も巡回するようだ。余はサーカスは終ぞ見たことが無い、昔、今ほど都会ではなかった上海の『新世界』で毛皮が汚れた熊猫の芸を見たようなおぼろな記憶もあるけれど。然してサーカスって何故だか冬が似合う気がする、どうしてでしょうか。真夏のサーカスって変じゃないですか?ピエロのお化粧が溶けちゃったら怖いし。お化粧が溶けてもまだ表情が溶けてなかったらもっと怖いし。

おまじないの「まじ」はMagicの「Magi」なの?まじ?←…。


20-21/DEC/00

土星じゃなくて木星じゃないのかしらん。探査船Cassiniは今月30日に木星に最大接近するそうで、最終目的の土星に到達するのは2004年の7月だって。ってそんなのはどうでもよくってこのページの左側に並んでいる木星の衛星が全部トリュフチョコに見えるー。神様め。

去年も書きましたが(12/22)、香港では冬至(どんぢー)は一家団欒して夜ごはんを食べる日。とは云えいずこも同じ、せっかく仕事が半ドンになっても若者は家で食事なぞせずさっさと遊びにでかけるらしい。とりあえず夕ごはんに南瓜の煮付を食べた。1合だけお酒を呑んだ。

去年の今ごろは非常に冷え込みが厳しく、4日間で33人の凍死者が出た。今年はだいぶんに温い。一昨日の夜明け前、空全体が薔薇色に濁っているのを見た。空の蓋がすぐそこまで降りてきたみたいに、むっちりと色が濁っている。寒いんだか暑いんだかわからない天気。昨日くらいからやや乾燥しはじめて、風は冷たい。

memo→木星にイオの影くっきり映るCGみたいhttp://www.jpl.nasa.gov/cgi-bin/gs2?path=/cassini/english/press/imageadv/images/iss_001220b.jpg&type=image

19/DEC/00

そのもの/ひと/こと/なにか、が大好きで、これからもずっと大好きでも、たまに飽きることがあってよいと思う。飽きる時は豁然として飽きるのがよい。たまった雪が屋根から滑り落ちるように不意にしかし確実に。べたべたじわじわと飽きてゆくのは疲れるし、ひょっとして間違えるとそれを嫌いになってしまう。

部長の出張土産、台北名物・乾豆腐(ごんだぅふー/広東語読み)なるもの。3〜4センチ角の、一見古くなったコーヒーキャラメルのような外見。そのまま齧るらしいが、外見どおり消しゴムのような食感で、じんわりと豆腐の味が染みているだけの素朴なしろもの。でも滋養はありそうだ。スライスしてお湯にさしたらお吸い物になりそう。

ちょっとだけゲテモノ系のFOODS B/GRADE-rate G-を作ってみました。写真はまだ少ない。←増えるのもちょっと懸念が。

花樣年華(in the mood for love)』韓国版ポスター(全部ハングル、たぶん非売品)を入手。会社帰りに、VCD屋の店頭モニターで映像が流れているのをちらっと眺める。張曼玉の美しさは秋冷の美である。声はやや低めでハスキーである。


18/DEC/00

日本に帰ったらやりたいこと。ベランダに望遠鏡を置いて星を見る。魚をおろす練習をする。

最近の少女漫画をとんと知りませんのですが、大昔はよくスーツを着た長髪美形キャラがあれやこれやと登場したものです。覚えている限りで一番髪が長かったのは、和田慎二作品の多くに登場する私立探偵・神恭一郎。まっすぐに伸びた豊かなお髪は腰まであって、濃いサングラス(むろんとんぼ型)をかけ「私の名は、じんきょーいちろー。」ってほんとかっこよかったんスよ、大人のオトコノヒトダーってオボコな娘の目にはのう(ここまで前振り)。で、まさに本日、長身痩躯にスーツをかちっと決め、70年代風たれめがねもりりしく肩までかかる髪をさらさらとなびかせた取引先の営業マンがやってきました。もしこのひとの髪が腰まであったら、と瞬時に想像してひっそり卒倒しそうになりました。神はしんだ。

和田慎二といえば『銀の髪の亜里沙』と『愛と死の砂時計』『左の眼の悪霊』などは必読。未読のひとは人生の損をしているのでぜひ読みましょう。サンショウウオを大切にしたくなります。

みょうにあまったるい天気が戻ってきて、気温は20℃を超えている。南国神様がねぼけて寒くしそこねたかんじ。FOODS B GRADEのゲテモノ編を作っているうちにうとうとして、そのまま朝まで寝入ってしまった。

いつか電車に乗ってラサまで行ってみよう。発狂しないように気をつけてね(歩いていこうとして狂ったひとがいるってさ)。


17/DEC/00

引き続き体調不良。外はピーカンの冬晴れだけど出歩く気力がない。払わないといけないお金をいじる気力もなかなか沸かない。洗濯機をまわしながら毛布をかぶって、りんごを齧っている。りんごは固めで酸味の強いのが好きです。齧った瞬間に口のなかがきゅっとなるぐらいのがよい。ちなみに日本産の大きくて甘くて立派な林檎は、外国ではたいそうな贅沢品です。香港のスーパーで「富士林檎」と銘して山売りされている種は中国で栽培されたもので、日本産の「富士」よりぐっとこぶりな上、色艶もあまりぱっとしません。

1億を超えるキャッシュを「雇い主に届ける」仕事とは。なんだか出来の悪い香港映画に出てくる日本人みたいで、災難にあったのはお気の毒だが、どうもまっとうなビジネスとは思えない。それに夜の11時に日本から到着する飛行機はないはずだ。台湾でも経由したか。

夕方早めにお風呂に入ってさっぱりしてから腹拵えし、KFCでコーヒーを飲みながら支払い整理。ついでに年末年始と旧正月までの計画を練る。階下のコンビニ「サークルK」にネスカフェのヴェンディングマシンが入って、砂糖抜きのコーヒーやカプチーノが一杯60円程度。コーヒーはともあれカプチーノは嬉しいな。

memo→ほしい本『DEATHTOPIA 廃墟遊戯』(小林伸一郎/メディアファクトリー)『JAPAN UNDERGROUND』(内山英明/アスペクト)。廃墟は重要だ。

15-16/DEC/00

気がゆるむと腹の肉もゆるむが腹のなかみもゆるむことがある。仕事できーきーどたばたしている方がおなかは順調ってのは真に哀しいことである。ぽんぽんいたいよ。フリースのもくもくジャケットを丸めておなかに乗せ、なんとか仕事を乗り切る。ところでおなかのことをぽんぽんと言うのはなぜ?

読む本は、『明るい部屋〜写真についての覚書』(ロラン・バルト/みすず書房)にしました。冒頭に出てきた「写真は対象と薄い膜いちまいを隔てて密着している」という表現がひんやりしていて気持ちよい。フィルムは、対象になった本物とレンズを隔ててくっついている。レンズとフィルムが見た本物に、生写真は印画紙いちまいを隔ててくっついている。密着している(ここで何故かオフセット印刷機を連想)。ではデジカメの写真はどうなんだろう、と常に考えながら読めるといいんだけれど。

写真はそのむこうにほんとうしか持たない、これ(422KB)も本物。この渦巻きはおそらく触ってもやわらかくない。でもどうしてもロイヤルミルクティーみたいに見える。怖いミルクティーです。神様はこんなものも平気で飲めるくらいでかい。

金曜はぽんぽん痛で死にかけ、土曜は半日ベッドの中で太陽系めぐりをしました。マイ星座・蠍座の守護星であるといわれる冥王星は惑星のくせにイオとかガニメデとかよりよほど小さいんでちょっと悔しいです。外は湿気っていて薄ら寒い。コーヒーを飲んでもあまり頭が醒めません。

memo→「ここに落ちて死んだら弥勒にも逢えなそう」1秒の地獄http://www2.jpl.nasa.gov/files/images/hi-res/pia02829.mov
memo→200万年後おうし座を通過する予定それまでに誰かに壊されないとよいhttp://spaceprojects.arc.nasa.gov/Space_Projects/pioneer/PNhome.html

14/DEC/00

まだ気温は14℃前後と低い。もうすこし冷えたらまた鍋を食べに行きたい。おつにひとりで小鍋立て、なんてのにも憧れるが、中華にも小鍋で煮たり焼いたものをそのまま卓に運ぶ料理があります。特にこのシーズン香港の街でよく見かけるのは、短い持ち手がついてそのまま火にかけられる一人前の素焼きの土鍋(というか鉢)に米と湯を入れ、具を乗せふたをして蒸し焼いた「ぽうちゃいふぁん(「保」の下に「火」+仔飯)」。鍋っこめし、とも呼ぶべきか。具は排骨、中華ソーセージ、青菜、しいたけ、いか、いろいろ種類があります。想像できるとおりデリケートな味と云うよりは典型的食堂メニュー、素朴な冬のごはんで、たいがい食堂の入り口外にずらりとコンロと土鍋を並べ、係のおじさんがつきっきりで焼いている。ごはんのおこげにタレがかかっておせんべいみたいになったところが美味しいんだよーん。

訂正をもらいました、アポロのコンピュータのメモリは32キロバイトだったそうです、メガバイトじゃなく。うちのColor Classic IIですらNASA(30年前)に勝ってます。今や資金と法律無視の度胸があればなんでもできそうな時代です。

『隠された十字架〜法隆寺論』(梅原猛/新潮文庫)をようやく読了。最後の峠で梅原節大爆発、「太子よ、怒れ!」と亡者に檄を飛ばし、権勢奪取のために文字通り神も仏も恐れぬ所業を繰り返すあらゆる世間を嘆いている。非常に温度が高く、それが昭和の熱かご本人の熱かはわからないが、平成のJ温度に慣れたひとにはかなり噴飯的灼熱さかげんではある。が、そのような「態度」は廃れるものか否か。ふと思いついたことを気軽に述べた散文、と云うにはあまりに大部なこの論述を、ご本人は文中で「エッセエ」と繰り返し呼んでいる。その真正面さは如何か。


13/DEC/00

前日からの雨が午前中も残っていて、朝のテレビで気温を確かめると最低気温11℃。今年初の寒冷警報(青い下向きの矢印マーク)発令。息をつよく吐くと、思ったより濃い白さに煙る。オフィスの中もしいんとしている。女の子たちのすこしやわらかめで深い仕事用のこえが、やむやむと聞こえてくるだけ(ときどきくしゃみも聞こえる)。こんな時こそ本を読みたいのに持ってくるのを忘れちまった。夕方になって社長部長課長がだんごで帰ってきて、やむやむはおわり。

今さらながら南国度テスト。あんまり南国じゃなかったわたくし。


12/DEC/00

珍しく午後6時に退社、鶏の軟骨や牛舌塩漬などしょっぱいものばかりつまみながらエビスを呑む。話題は永田某女と重信某女、それに靖国や革命について。外は朝からずっと雨が止まず、15度前後まで冷え込む。

70年の大阪万博を体験し覚えている方はおいででしょうか。当時わたくしは大阪I市に住んでおり、万博には一家4人で一度、東京圏から来た親戚一同とそろってもう一度、遊びにいきました。太陽の塔はもちろんですが、それ以上に強烈に覚えているのはどこかの国のパビリオンで、そこらじゅう洗濯機が倒れたみたいに泡だらけになっている床です。それはともあれ、太陽の塔は岡本大先生が一筆書きした設計図でもどうにかなりそうだけれど、万博のパビリオンのようなユニークな形状をした巨大建築物は、当時コンピュータ無しで設計されていたのでしょうか。その前年に月に行ったアポロは8MBだか16MBだかしかメモリがないコンピュータで軌道計算していたとか。もしそうなら、インカやらマヤやらの遺跡の巨石ブロックが水も漏らさぬ精鑞さで組み合わされている、その凄さに対して感じるのと同じような驚きを覚えるんですが、これもまた傲慢ですか。

来週の週末はクリスマスの4連休。10月初旬からずっと連休がなく、土曜もしばしば出勤していたのでようやくまとまったお休み。クリスマスが終ると、年末年始の3連休(香港では新暦元旦のみ祝日)、そして1月24日から農暦新年の5連休。そのあとは4月まで連休はなし。


11/DEC/00

コンピュータに接続された人間、ではなくて、コンピュータを接続した人間。米国ではなく英国であるところがどうにもサンダーバードっぽい。

香港の路線バスを運行する会社は全部で3つありますが、主に九龍・新界地区を走る九龍バスの新しい車両は妙にデラックスな黄金色で目立ちます(見るたびにゴールドライタンを彷彿とさせられる)。中でも最新型は客席各所に16インチほどの液晶モニターが設置され、数分ごとの短いプログラムを繰り返し流しています。もちろん音声も聞こえます。内容はだいたい旅行会社の宣伝や銀行・生命保険のCM、それに映画の予告や音楽プロモビデオなど。先日はブリトニー・スピアーズが腰を振ってましたが、今朝は日本のバンドを見ました。なんだかJR京橋の駅前広場でギターケース開けてがなってそうなふたり組で、最後にちゃんと歌詞の中国語字幕も出、さてアーティスト名は「柚子」とな。ラッシュアワーのぎちぎち混み合う香港通勤バスに流れるゆずの歌、ややシュール。いいぐあいの冷え加減。

仕事で韓国に電話したら担当のひとが会議中で同じ部署のおねえさんが出た。
「ネー?ひーいずなういんざみーてぃーんぐもぐもぐくちゃくちゃ」
「あのう、伝言をお願いできますかのう?」
「ネー、ネーもぐもぐくちゃくちゃ」
ああん何食べてるのよう!ユッケだったら許さない!(でもちゃんと伝言してくれた)

最近は、午前に2杯ほどブラックコーヒーを飲んで、午後は市販のティーバッグのポーレイ(プーアル)茶にしている。ティーバッグひとつで大きなマグカップ3杯分はじゅうぶんに飲めるのです。カップにいれたままだとブラックコーヒーのように真っ黒に出きってしまうので、別のカップに使用中のティーバッグを出しておく。ちょっとお行儀が悪い。いつもはお茶受けはなし、あっても誰かのお土産のべらぼうに甘いチョコぐらいだけど、今日は(社長も部長も課長も出張で留守だったので)P嬢が会社のおこずかいでみんなに秘密のおやつを買ってくれました。ココナツ味たっぷりのおおぶりのエッグタルト。お店の炉から出たばかりでプディング部分はやけどしそうに熱々のぷるぷる、タルトは軽いパイ生地で、口にいれるとほしゃほしゃしゃくしゃくくずれて溶けちゃう。すてきなごちそう、でも一個100円もしないですたぶん。

寝室(と書いてねじろと読むんじゃ)の電球が切れてしまってまっくらじゃ。


10/DEC/00

80年の12月9日か10日の夕方、親が聞いていたラジオのDJがその年に亡くなった有名人の名前をずっと読み上げていって、最後に「ジョン・レノン」と残念そうにつぶやいた声をはっきり覚えている、DJはたしか土居まさるであった(覚えやすい声ですね)。その時点では洋楽にはまったく興味がなく、ビートルズといわれても何人いたのやら誰がどうしたのやらちんぷんかんぷんだった。それから一週間もしないうちに、たぶん12月15日前後だったと思うが、いきなりポップスしかもオールディーズにハマった。12月の終わりにはクラスの友人からビートルズのLPを全部借りてカセットにダビングしおわり、1年後には妄想話を書きつけたノートが何冊にもなった。大学に入って初めて行ったN.Y.のなんだかよくわからない中古レコード屋で非売品のクリスマスアルバムをみつけて嬉しがったりしたのがピークだった。どんなに追いかけても埋まらないものがあって、数年もすると足が止まってしまった(飽いたのではない)。既に解散していたからではなく、たぶん、もう少し早く聞きはじめていればジョンが亡くなった時の衝撃を実感できたのに、という妙な「まにあわなかった悔しさ」が埋まらないでいるからだ。人が亡くなった時の衝撃を共有できなかった「悔しさ」とは、ずいぶん傲慢で、そんな悔しさをいじっている自分がかなりかっこ悪いと思いつつもう20年ですがな。

亡くなったひとのことは、だいたいいつも朝に思い出す。どうしてかな。

このどたばたをネタに本でも書いて儲けるひともいるかもしれないが、それにしてもフロリダの郡選管事務所のひとたちはつくづくお疲れ様ですな。ブッシュ・ゴアのどちらにしても、就任期間中によほど立派な業績を残さないかぎり「あの2000年のハチャメチャ選挙のみそつき大統領」として記憶されることになるんだろうに(ていうかもうなってるけど)、それでも大統領になりたい気持ちをどうやって息子の脳みそに叩き込んだのだろう、彼らのパパやママったら。睡眠学習かしら。すごいわ。あたしにもそれくらい叩き込んでくれてたら今ごろ第2の重信だったかも<違います

困ったこと:蟹の中身って写真で見るとえらい不味そう。
ふとした疑問:「国後島で燃料が不足して町の暖房をまかなうボイラーが止まりそう」というニュースを、asahi.comは国内の事件を報じる欄に分類していた。どうして国際ニュースの欄ではないのか。

最近やたらと「ニュー○ーフ」で検索しておいでになる人が増えております(タイのおかまちゃん映画にふれた文がひっかかるのでしょう)。しかも「ニューハー○」単一ではなく「○ューハーフの裏本」「香港のニ○ーハーフ」など、それぞれ趣向がおありのようです。こんな微弱サイトにすら辿り着くほど検索結果数が少ないということでしょうか。ご健闘をお祈りします。ちなみに香港にはゲイの方はたくさんいますがニューハ○フ(人妖)の方は非常に少ないと思います。更にどうでもいいことですが、ゲイの噂がある芸能人の同性の恋人のことを、香港の新聞雑誌は「好朋友(ほぅぱんやぅ)」=かっこつきの「親友」、と呼びます。

memo→読みたい本「雪」(中谷宇吉郎/岩波文庫)http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/31/3/3112420.html

8/DEC/00

サンノゼといえば、昔旅行雑誌で広告を作っていた頃、ある航空会社の代理店の広告で、サンノゼにでっかい拠点が出来て便利になるのでぜひ当社の便をご利用くださいという主旨のコピーをさんざ作らされたんだけど、実際どうなんでしょう?

金曜夜、Royal Garden Hotelのブッフェで二日分も食べまくる。ここはけっこう品数が多いし美味しいです(およそHK$250=約3500円)。中華にあきたらこういうところで気軽にごはんするのもよいですな、月に1〜2度ぐらいなら。帰宅してから18時間睡眠に突入、土曜の日暮れに起床。このままいくとほんとうに冬眠しそうである。今回は、不定形クリーチャーがわんさと出現し、主役はどうやらX-Filesのモルダーで、彼がいきなり「存在の連結性」に目覚めて妙に神々しくなる夢を見た。これから洗濯機をかけながらごはんをあさりにいきます。そのあとは眠くなるまで写真をいじることにしよう。本読みは休憩。


7/DEC/00

アンバランスなもの或いはアンバランスに在ることでバランスをとるのはいささか安易な方法だけど、まあそれでやっていけるならそれでもいいか。

一日が過ぎるのがとても早く、かつ夜になるととてつもなく眠くなる。転がり込むように寝入ってしまった。冬なのね。どこか山奥の冬枯れた温泉で、ひっそり過ごしたいな。でもあんまりひっそりしすぎると、そのうち狐狸の仲間になって帰ってこられなくなっちまう。狐と狸どっちがいいかな、たぬきうどんが好きだから狸にしよう。狐ともせいぜい仲良くして、山の暮らしを楽しむのだ。山すその畑に忍んでいって芋を鼻先で掘るのはたいへんそうだけど、慣れればどうにかなるだろう。問題は芋を盗ると人間につかまるかもしれんということだが←なんかうきうき

どんな恋でも恋ではあろうが、なびかぬ相手を刺し殺しわが身をも括り殺す恋慕とはもはや「情」と呼ぶよりなんと呼ぶべきや。その時男は何になっているのか、鬼ではあるまいが、はて。そんなオトコが自分の夫ってどう。喝采かしら自分も奴を殺して死ぬかしら。でもさ、ひとを殺すのってすごく大変よ。

Lさんに番石榴(ふぁんせっらぅ)をもらいました。日本では見かけないくだもの。中国やタイあたりで栽培されているらしい。洋ナシと青りんごとかぼすを足して3で割ったみたいな外見で、洗ってそのまま林檎のようにかじりついていいのだそうだ。夜のデザートにするぜ、と思っていたけど朝ごはんになりそう。


6/DEC/00

なんだか読みにくそうな気がするので、段落一行ぬきになおします。

引き続き法隆寺。薀蓄とは最後まで聞いて初めて効果を発動するものかもしれませんが、「これで一番目の謎は解けた」と明言されても「待てよ京極堂、僕にはわからん説明してくれ」である。これはおそらく、するりつるんと喉をくだって口には滋味だけ残す洒脱短文の極み・池波作品ばかり読んでいたものだから、顎のあたりの読書筋が弱っているのである。とにかく織り目の詰まりに詰まった、へたをすると1頁に一度しか改行が無い文章を読んでいると、その読んだものをいったんからだの中に置いておくところ(自分では、脳みそと顎の境界あたりな感じ)がだるくてたまらん。『知恵の樹』を読み終わったのへとへと加減が思い出される。ただ、『知恵の樹』は読み終わってちょうど一年が経ち、すっかり詳細は忘れていても、書いたひとの「態度」のイメージは今もかなり鮮烈に名残っている。そんな風に名残るものがあることを『法隆寺』にも期待しているんだけど、難しいかも。

広東道のItalian Tomato(日本でイタトマと呼ばれているあの店)敷地内の本屋で新刊・中古本をいくつか買う。『11月のギムナジウム』(萩尾望都/小学館文庫)『絵画で読む聖書』(中丸明/新潮文庫)『新版 つげ義春とぼく』(つげ義春/新潮文庫)『鳶魚江戸文庫23江戸の生活と風俗』(三田村鳶魚/中公文庫)『紋切型辞典』(フローベール/岩波文庫)など。『11月』収録の「セーラ・ヒルの聖夜」を、誰か西洋映画になおしてくれないかなあ。おいしいバタークッキーみたいにすっぽり幸せな映画になると思うんだけど。

『紋切型辞典』によると、アイスクリームは「食べるときわめて危険」です。

20℃前後のもくもくとあたたかい冬が過ぎていく。クリスマスの電飾は、九龍半島側の尖東・香港島側の中環〜湾仔ともに出揃った感がある。新空港が開港されてこのかた、毎年少しづつ「点滅型」の絵柄が増えているようだ(街のどまんなかに旧空港があった時代、点滅ネオンは禁止されていました←飛行機が滑走路の表示と間違えるから)。旧空港といえば、現在は巨大な空き地になっている跡地を施設用地として2006年のアジア大会を香港に誘致する計画だったらしいが、結局アラブのどこかの国が開催地に決まり、香港は落選してしまった。東京でいえば大崎あたりに空港まるまるひとつ分の地所が空いているようなものだが、はて今後どう活用するんだろうかな。


4-5/DEC/00

いしなおさんの日記で紹介されていた謎のメルマガ発行人くんからのメールがうちにも届いた。18才にしちゃあいかにも粘っこい文面ではある。ほんとうにメルマガが来るのかどうか待ってみる。
▼『隠された十字架』をようよう半分まで読み終わる。これから法隆寺の七つの謎を解く「解決編」である。古代日本史最大の残虐事件山背大兄王子暗殺事件のアリバイ証明のからくりを暴く、らしい。
▼精密電機部品業界の噂話・裏話を聞く。技術を持つ・持たないの違いについて。


2-3/DEC/00

▼何ヶ月も前に預けていたのをすっかり忘れて催促の電話がかかってきたクリーニング屋で平謝りすると「いいのよー取りに来てくれさえすれば」とたいそう親切にされ、贔屓にしなくてはと思った。「贔屓にする」てのはなんだか気分がよいですな。
▼小さな真っ黄色のポリバケツとプラスチックのお風呂椅子、それに水まわりが詰まった時の手動吸引ポンプ(←正式名称は何と云うの?よく小学校のトイレの用具置き場に投げ出されていたやつ。それが何か進化してプラスチックで出来ているもの)を買う。最近どうもお風呂の水はけが悪く、難儀している。
▼いつもなら夕方まで寝ているはずの土曜昼間にいろいろ用事を足して幸せだったので、気を許してネットにつなげたのがいけなかった。始まりはクウガだが途中で大捜査線に変わり、読むこと9時間。WEBの海はゴンドワナ大陸よりも広かった。敗北。
▼ところでこのWEBRINGという「項目別万国旗型連結循環リンク」に参加することはパロディ系コンテンツのHPにおいては今や半ば常識のようである。「キリ番ゲット」に対する御礼として「リクエストにおこたえして作る小説/イラスト」も流行っているようだ。こうしてWEB上の活動がますます活発になって、紙媒体の同人誌の売れ行きに影響はないのだろうか。遠くに住んでいて同人誌即売会にそうそう出かけられないひと(含む俺)にとって、WEBで同人活動を(多くの場合いつでも無料で)楽しめるのは、無理をしてでもコミケに行こうという気をいくらかは削がさせる。いずれ高速大容量の個人接続が可能になれば、ホンでは不可能だったフルカラーの動画コンテンツも大量に無料で配布できるようになる。でも、動画を作れるひとは同人誌を作れる人より少ないだろうし、「本のかたち」に対するフェティシュもたぶんにあるだろうな。楽しみ方のpoint of viewがはっきり違えば市場が重なることはないのかな。
▼日曜は団地内の内庭公園でまたしても慈善イベント、おじさんおばさんの大音量カラオケで起こされる。今回はテレビ局もからんで香港全域で行われているイベントの一端のようで、謝賢(謝霆鋒[ニコラス・ツェ]のお父さん。俳優。黒社会のドンを演らせたら右に出る者無し)や陳慧琳[ケリー・チャン]が顔を出したらしくにぎわっていた。
Monkeesがデビュウしたのは1966年で解散したのは1969年。ハマったのは80年冬。86年の20周年再結成ツアーはL.A.で見たが、91年の25周年と96年の30周年はパスした。2001年は35周年で15年ぶりに行ってみたい気もするけれど、「Mikeがいなきゃだめ〜(←これ好きだった)」な気持ちも強い。86年の再結成全米ツアー時も彼はずっと参加せず、「地元のL.A.公演だけはアンコールに飛び入りし4人が揃う」という噂があって、2000円もしないチケットはsold out。それをファンの集いのオークションでいっさいの旅費をつぎ込み元値の20倍以上で競り落とした。かくの如き情熱はいったいいずこより到りいずこへとわが身の上を駆け抜けていったものであろうか。ていうか今同じ状況になってもきっとやる。根からダメですな。みんなもそうですかちがいますか。

memo→MerryMichaelNesmithhttp://www.myplay.com/mp/search/search.jsp?qt=Merry+Michael+Nesmith&x=8&y=4

1/DEC/00

備忘録っぽく箇条書き風にしてみる。
▼20世紀最後の師走始まる。おかえりなさいのいってらっしゃいのとせわしない。来たり去ったりするのは夏よりも秋や冬が多い気がする。
▼いわゆる「サービス」のことを中国語で服務と申しますが、職場に運びこまれた台湾アセンブリのC社サーバの輸送箱に堂々と「服務器」と印刷されているのを見、さらに納得いたしました。
▼市井の皆さんが冷静かつ適当にエンジョイするたいへん健康的な大統領選挙に関する米連邦最高裁口頭弁論。口頭弁論が始まって1時間後の時点では、Classic FM(英国のFMラジオ)の定時ニュースはひとことも触れていない。
▼『隠された十字架〜法隆寺論』(梅原猛/新潮文庫)を読んでいる。日本古代史に関する梅原氏の発想を論した三部作の一つで、ひっくくれば「法隆寺は従来言われるように聖徳太子の徳を偲んで建立されたのではない。実は、飛鳥朝廷における権力闘争のうちに権謀術数を駆使して太子一族を葬った藤原(中臣)家が、タタリ神を恐れ太子の霊を封印するために建てた死霊の寺なのだ」そうだ。飛鳥天平から平城京建都までの天皇家と寵臣たちのドラマを怒涛の筆致で描いておいでだが、氏自身の発想(妄想と紙一重)にかける情熱がじゃぶじゃぶ溢れまくり、こじつけ同然の解釈や表現の重畳が目立ち、今にもト系の淵に転がり落ちそうである。それでも蘇我入鹿暗殺のシーンなどはできた映画の脚本の如く、見てきたように鮮やかに語っていて、綾のある文章力が全体を引っぱりあげている。俗に云う「梅原日本学」とは史学にも文学にもあらず、畢竟氏個人の学究エロスの発露であらふ。そのエロスが常人よりも遥かに濃くかつ真摯であるゆえに、読者はいかに鼻白む思いをしてもまだその先へと袖をひかれてしまう。こういうひとを哲学者と云うのか。というより源の意味にもどって愛智のひとか。
▼おいしいお菓子。Lさんが住んでいる元朗(ゆんろん)は香港の都心からは遠いが古くから開けている街で、老舗の菓子屋が多い。月餅でも有名。先日Lさんが会社に持ってきたお菓子がおいしい。直径6センチくらい、厚み5ミリくらいの煎餅型をした落雁で、外側はほんのりきなこ味、中にピーナツ味噌の固めたのがたっぷりはさまっている。甘すぎず軽すぎず、お茶うけに最高(ただしお茶がないと辛い)。名前を聞いたけど覚えられない。

memo→無料動画Z(18歳以上)http://www.cybercity.co.jp/wad/mdz/format.html
memo→ポーランド政治ポスター100種http://www.theartofposter.com/RED/Red.htm

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