South China Sea News/*
March 2000
March 31, Fri
■気温の上昇は続く。「あったかくなりましたねえ」とのんきにしていられる日々は終わり、朝晩は過ごしやすいが日中のひざしは初夏、半袖でも無問題である。湿気もすばらしく濃くなりつつあり、照っているのに湿度90%など。南国の春はやはり短い、春なのか、と息をついた途端にもう夏が始まっている。昨日は上階のどこかでクーラーを使っているらしく、室外機から漏れて落ちる雫の音が聞こえた。
■見ていられないひともいるかもしれないが、見ているひともいる。才が溢れ過ぎて凡庸に嵌るひともいるし、わずかな才をふり散らし華を咲かせるひともいる。哀れむひともいるが、大部分のひとは嘲っている。言葉の装いに紛れて上手に気配をうかがうひともいるが、その前にやることがあんだろおら。という気分にさせてくれるひともいる。他者とのわかりやすい相違を示す自分の境遇にすがりついていても、いずれ堀は埋まる。掘削するのではなく構築しなければ君はもうおしまいだよ、ヒロシくん。は?先生ほら、卵焼き焦げてますよ!
■ちょっと前の電網漂流:▼テポドンて何かに似てるなあと思うんだけれど、なんだろう?この銀鼠色はまさに白黒テレビ時代のツブラヤ。

March 22, Wed
■最高気温24度(本当はもうすこしあったような)。日本の初夏っぽい、でももっと湿気というか「ぬるみ」があるお天気が続く。来月の今ごろは冷房をかけているかもしれない。
■しばらく前に父(67歳)がインターネット環境をそなえたパソコンを購入し、たまにデジカメで撮った孫の写真を送ってくるようになったが、母(65歳)はメカオンチの悔しさから「ふん、そんなものに夢中になって、まったくイーメールどころかワルイメールだ」などと気焔を吐いていた。が、昨夜いきなりその母からメールが届く。おそらく父のパソコンにとうとう手を出したのだろう。彼女はミシュランマークの体にみっしりみしみしに好奇心ガスが充満しているようなひとで、私が覚えているだけでも今までにタッチした趣味の数は手足の指では数えきれないが、さて進駐軍相手の貿易会社で鍛えた元タイピストの腕はこの場合役に立つのだろうか。
■老いたひとの生活環境とインターネットはどれくらい近くて遠いのか、研究しているひとはいるのかな。おじいちゃんおばあちゃんでもメールを簡単に出せるような機械が安く出回ったらどうなるだろう。在宅で巡回看護を依頼しているひとと、介護側をネットでつないでおく方法もそのうち実現されるのだろうか。いずれ老人ホームや介護ケアの巡回でも「ネット環境のチェック」なんてのがサービスの一環になったりするのではなかろうか。今後はキーボード体験が豊富で随意に操作できるお年寄りもどんどん増えていくだろうし、キーボード入力はむずかしくても、マウスなら操作できるお年寄りは多いだろう。生まれた時からキーボードとネットに囲まれた赤ちゃんも、昔は電話が家に無かったよ、っていうおじいちゃんも、同じくらい便利になるといい。

March 21, Tue
■最近の香港芸能ゴシップの筆頭は何といっても王菲[フェイ・ウォン]と謝霆鋒[ニコラス・ツェ]の『姉弟情』。一女をもうけたダンナで北京出身のロッカー、ドゥウェイとは結局分手(ふぁんさう/決別する、情を交わした者同士が別れること)しても人気は衰えず、不思議女王陛下として依然当地に君臨するフェイと、アイドル街道トップ爆走中のニコラス(まんまジャニ系)青年が急接近!とてにわかに騒がれているのだった。密会現場(単なる飲み会かも)で親しげにフェイの頬に唇をよせなにごとか囁いているニコラスくんの写真が「証拠」物件らしい(でもその場には何故か香港の美輪さまである羅文も同席←一部のひと注目)。北京に飛んだニコラスくんと同じ飛行機に乗って一緒にくっついていくフェイ。はたしてこれは恋なのか。恋でもなんでもいいが綺麗な男の子と佳麗なおねえさんが一緒にいるのは絵になるのでどんどんやってほしいッス。ていうかフェイ、うらやましすぎ。

March 20, Mon
■土曜日にヘアマニキュア(しらがかくし)。いつもは赤に紫を混ぜてもらうのだけど、今回はレッドブロンドだけでお願いしたら、なんか赤いですぞいつにもまして赤い赤いまっかっかだよわははは。赤鬼ばあやとおよび。あるいはレッドバロンバアヤ(←「バアヤ」ってカタカナで書くと中欧とかアフリカあたりのひとみたいだ)とか、ううむしかし妙な具合である。
■鬼になるのはたいそうつらいことではあるが、なったことがあるひとは好きだ。正確に言うとなったことがあって、今もなれるけれど、ならずにいられるオトナが好き、なったことがないけれどなれる素質のあるコドモも好き。シュミワルイ?でも鬼って悪食でしょう。いや悪食だから鬼になるのか。どっちにしろ腹は膨れますな。男のひとも鬼になるのだろうか?鬼ではないとしたらなんだろう、妖怪かな。怖いね。
■『マグノリア』が見てみたいのに公開されない。香港映画はぱったり息をひそめてお休みの時期に入ったようだ。大物シンガーのコンサート告知もあまりみかけない。PS2はもともと品薄の上円高の影響もあり香港では完全に高嶺の花だそうである。もちろんゲームファンたちは熱い思いではやくこいこいぴーえすつう〜と唄っているみたいだけど。例のリージョンコード問題でSCEはCD-ROMの回収交換に動くらしいが、しかし香港で売られているDVDプレーヤには端からリージョンフリー仕様のものもある。数万円程度の価格なのは日本と変わらないですね。
■ここ半年程の間に、市中に恐ろしい勢いで「ドット・コム」の広告が増えている。なんでもかんでもドット・コム。猫も杓子もドット・コム。▼http//www.andylau.com←こんなのとか(繁体字フォント要)。3月31日夜22時〜23時(香港時間)にオンラインでunpluggedライブトークをするそうです。

March 19, Sun
■香港島側のハーバートンネル入口の緑地に植えられた躑躅が、艶っぽい赤紫や白い花をきれいに咲かせている。近所のスーパーではいつのまにか西瓜が山盛りで売られている。その隣には独特のとげとげフォルムもいかめしい天下の異臭フルーツ・ドリアンがお目見えしているが、香りはこれから濃くなるようで品定めする人の姿はまだ目立たない。寒さはもう完全に引いたけれど、朝夕は妙に冷たい風が吹く。湿気はますますひどくなり、除湿機がやれやれ、もう出番かよと唸ってぽたぽた水を吐く。
■Sさんが貸してくれた『どすこい(仮)』(京極夏彦/集英社)をざぶざぶと漁り読み。この著者が得意とする笑いは80年代風な気がする、それも80年代というdecadeだけを切り取るのではなく、70年代の滓とか焦れとかがかなり混じった現実の生活をあの頃に過ごし、それをほぼ忘れながら世紀末の今までやはり過ごしてきたひとの匂いがする。京極氏の筆はいつも最後にすこし曖昧だが、それが意気地無しに見えないところに才を感じる。この『どすこい(仮)』はノートをつけて読むと遊べる(収録された各篇に執拗に繰り返される名前巡りなど)が、そういう表層で地味なあやとりをこつこつと紡ぐ(ようにみえる)のは京極堂シリーズと同じかしらん。
Classic Goldの定時ニュースが、英皇太后は99歳の誕生日を迎えてなおお元気で…と報道している。Queen Motherはかの国ではとても慕われていると聞くが、日本の皇太后はすっかり霞のむこうに行ってしまった。美智子皇后がおばあちゃんになったら(まあ今もおばあちゃまだが)、どんな風に報道されるのだろう。注目すべき台湾総統の選挙結果はもうすこし時間が経たないとその後に続く流れが見えてこない。連合赤軍と日本赤軍の区別がまだよくつかない。
■本日の電網漂流。インド系:インド専門サーチエンジン(やや重いがジャンル毎にくくりがあり将来便利そう<将来?)→▼Indi@search。チベット系:政治からチベタンフードまでこまめに網羅されている→▼I love Tibet!。チベットと聞くと方向違いに思い出すが、上海にスキー板を担いで上陸し陸路シルクロードを西へ移動、いつかヒマラヤをこれで滑るのだ、と豪語してはばからない奴がいると聞いた。場所はたしか敦煌だった。9年前の話だ。しばらく経って昆明で「奴はまだ移動している」と聞いた。本当に滑ったのかどうかは知らない。どうも今もまだ移動しているのではないかと思えてしかたがない。

March 18, Sat
■思いやる、という言葉は安易に使うと途端に傲慢な匂いが立つが、思いを「遣る」というのは、本来はとても意味のある言葉だと思う。ここぞというときに彼我の行為に当てはめられればよいのだけれど、意識するほどむずかしくなる。
■最近何か忘れているような気がするなあと思ったら、某所のネットウォッチからいつのまにか足を洗って数週間経っていた。いまはどうなっているんだろう、と久々にROMってみたが、あまり事態に変化はないようだ。ウォッチの副産物(?)として得た情報はたいそう興味深いものが多く今後もたっぷり楽しませてもらうが、しかしこの後ろ暗い観察行為から得た教訓はあるのかといえば全然無いあたりがやっぱり「焼け」ている。
■本格使用し始めて数週間、何も乱暴なことはしていないつもりなのに、メビウス君の「z」キーが今朝いきなりぽろりと取れた…。思いがけず覗いた裏側は、ちょいと精巧なキャラメルのおまけのようである。きっと工場では腕のいい小人さんが(あるいはミクロイドSが)働いているのにちがいない。取れたままの「z」キーは、とりあえずそうっと元の位置に置いてみる。明日目がさめた時にはくっついていてほしい。

March 15, Wed
■雑誌が好きだ。時間と雑誌の両方が与えられたなら、どんなに縁遠い系統のものでもとりあえずはめくって読んでしまうだろう。だが逆に「これは絶対お気に入り」とはっきり言い切れる雑誌にもなかなか出会えない。マガジンフリークとなって「あの編集人が作るのはちょいと暑苦しい」「あのライターはいよいよキレてきた」「あれは紙が悪い」なんて詳しくなっても埒がない気もする、そこまで拘るほどのテーマを自分が抱いているのでもない。しかし稀に「おお?」と惹かれて買い求めた特集記事がなんだかちがうのそうじゃないのそこじゃないのそこじゃないのようう、なまとめ方をされていると残念というよりやはり編集を憎みたくもなる。雑誌とセックスをするのはたいへんです。
■先日来港した広島のJ嬢におみやげに買ってきてもらった『▼東京人』4月号(特集「昭和のモダン建築」。なぜか1月号以来HPは更新されていない)はアタリで嬉しかった。今もまだ眼にすることができる東京のモダン建築を詳しく紹介してあり、建築あるいは建築家のロマンを大人風に(ちょっとオタク風かも)描きとめてある。日比谷の三信ビルはやはりいいですな、またぶらぶらしてみたいが、いつかなうことか。
■読みたくなった本メモ:▼『読書の歴史』(アルベルト・マングェル著/柏書房)。副題が「あるいは読者の歴史」。

March 14, Tue
■快感を求めて妄想にひたった果ての荒れぐあいを文字にするなら「焼ける」と言うのが似合うと思う。呑み過ぎて酒が染み込んだ人の昏い肌のことを「酒に焼けた色」と誰かが書いていたが、ほどよく妄想焼けした脳味噌はどんな風に爛れて熟れて酒精を垂らすことだろう。何の現実のささえもなく(そも現実とは何か)たらりたらりと蜜が漏れるばかりのだらしなさ・気持ちよさは、どうにもかなりえっちで嫌いじゃない。
■洋書屋で『▼TIME GREAT IMAGES OF THE 20th CENTURY』のペーパーバック版を買った。20世紀を「象徴する」、あるいは単にこの世紀に「発生した」出来事の瞬間を捉えた写真をまとめた本で、戦場・暗殺・事故・自然災害などの報道写真が多い。水俣病の悲しみを訴えてつとに有名な写真の解説で地名が「Minimata」となっているのは残念だが、しかしこの本によってこの写真を生まれて初めて見たひとはまた大勢いるはずであり、彼らはここで水銀の持つ毒がひとのカラダに何をするかを知る。知るというより「覚る」。これほどはっきりと一瞬で何かを他者に思い覚らせる力のあるものが、いったい世の中にいくつあるだろう。「写真はexplainingを必要とする」とこの本は言う。「それがそうであった」ことを示す記録のかけらだから、補完されることが必要なのだが、しかしその補完作業は永遠に終わらないようにも思える。

March 13, Mon
■ここのところ、帰宅したとたん骨から肉が剥がれるが如くぐたぐたになるのです。何か書いてもまとまらないし、そのうち嫌な眠気にまったり沈んで気づくと朝だ遅刻だ、なんてことが続く。こういうのは何がいけないと言って、やはり風水とか気とか0学とかそういうアレかしらという思いも頭をかすめますが、面倒なので一切無視。一方で土曜日にサービス出勤し、電話もかかってこない誰もいない職場でCDを聴きながらざくざくと書類を片づけていると不思議と元気が出るのです。これはもちろん仕事が好きだからではなく、「単純作業セラピー」の効果なのでしょう。単純な手作業を繰り返して確実に何かが片付いてゆくのを実感すると、それは馬鹿にならない充実感につながり、リハビリ(何のだ)にはよいそうです。たとえば山盛りさやえんどうのスジを全部とったり、洗濯物のやまをゆっくりていねいにたたんだり、パーティの後のお皿洗いをよく落ちる洗剤とスポンジでがしがし片づけたりといった作業が完遂すると、なんともじんわりとした満足感が得られるし、なんだかそこはかとなく生き甲斐すら感じるではありませんか。千羽鶴トリップとも言いますが、これはけっこう効きます(真剣)。
■ノート型パソコン+CDウォークマン+携帯電話。どれも私が高校生の頃はドラえもんのポケットから出てくる以外に手に入るべくも無い未来の道具だったけれど、20年後の私は、CDウォークマンでお気に入りのアルバムを聴きながら、タガログ語の充満する日曜日のケンタの片隅で(日曜は菲傭=フィリピンから出稼ぎに来ているメイドさんたちの休日なので、おしゃれをした彼女たちが香港市街地のそこらじゅうに出没する)、小さなキーボードの上に指を走らせている。テーブルの上には携帯電話がいつでも電波を受信できる印の緑のランプを点滅させている。でも書いている内容は、中学高校の頃のひみつノートに綴っていた愚痴と大差ない、あるいはもっとつまらない。本の虫少女にありがちなことに、私もいっぱしの小説もどき(かなり荒唐無稽で支離滅裂なSFファンタジーホモ大河小説)を大学ノート何冊かに書き連ねておりましたが、ノートと鉛筆しか無かったその頃の方が、今よりずっと妙ちきりんで面白いものを書いている。道具が何か高次のものを導くということはあるはずなのに、そんな作用の恩恵に浴すには自分ももちろん精進せねばならんのでしょう。たとえば炊飯機能付きDVDプレーヤが出たり、掃除しながらゲームできるマルチファンクショナルドメスティクヘルパーマシンが家電ショップを賑わせる頃、今よりぐっとおもしろい人間になっているためには、何をしておけばよろしかろう。<めっきりずれてるよ
■ふと魔がさして(…)クウガおよびガイアのそれ系小説サイトを検索し読み始めたところ、あるところの妄想話に秘孔を思いきり突かれてだだ泣き。崩壊の序曲。

March 12, Sun
■先月22日にモデムもしくはMacTCPの調子が急におかしくなり、愛用のQuadra老嬢もついにスタンドアローンなマシンになってしまいました。これを機にMebius君に乗り換えることにしたんですが、Win98の再インストールやあれこれソフトを入れたり出したりしているうちに時間が経って、早くも3月中旬。昨日は温い雨が降って深夜からは怖いほどの濃い霞に覆われ、もう南国はすっかり春なのでございます。(朝の4時まで外で呑むのにはちと肌寒かったかもだけど ;-p)
■さて仕事以外でもおつきあいすることになったWin風のインタフェースはどれもこれもやっぱりしっくりこない(ダサいと感じる)のだけれど、Mac時代に羨ましかったWeb巡回ソフト▼WWWCが使えるのはとてもうれしい。それにIE5.0のラジオ機能は重宝しています。帰宅してから就寝するまでのネット接続のあいだ、ずっとラジオを聴くようになりました。今のお気に入りは▼Classic Gold(60-70年代のヒットチューン専門)と▼Classic FM(クラシック専門)。どちらもイギリスの放送局がネットに流している音楽番組で、元気がある時は前者、ややグロッキーめの時は後者を選んでいる。途中正時ごとに入るニュースとDJは当然ながらBritish English。ずっと安いインスタントコーヒーを飲んでいたところにきちんと淹れた紅茶を頂いているようで耳がいごいごするものの、なかなか気持ちよい。ニュースでは地下鉄日比谷線の事故も報じていました。
■本は、池波正太郎のエッセイをいくつか読書中。エッセイというか散文というか、著者自身が撮った写真や描いたイラストと一緒にまとめられたものがいくつか文庫になっているのを、気侭に拾って読んでいます。いずれも白湯の如きさらさらした味わいで、さんざん使ってきちんと洗って日向に乾してある手拭いのような風味なり。今めくっているのは冊子「銀座百点」に83〜88年頃に連載されたものをまとめた『池波正太郎の銀座日記(全)』(新潮文庫)で、内容はほぼ「今日は銀座のどこそこでこれこれの映画の試写を見た。帰りにMデパートの○○でこれを食べた」だけなんですが、非常に簡潔、いっそ簡素過ぎるほどなのに同時に日常の楽しみや苦味がじわりとにじんでくる。「サンドイッチはざっくり大きくカットしたのがよい。小さく切ってあるサンドイッチは大嫌いだ。あんなものは女子供の食うものだ」、なんて書いてあるが、きっとそう言いながら彼は小さく切ったサンドイッチをおいしそうについばんで笑う女性の姿が好きだったりするのだ、と思わせられるのは何故なのかしらん。
■2月16日の日記ログ(元素占い)へのリンクのURL間違いを訂正しました。むちゃくちゃ遅くなってすみません>魔鳥殿。
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